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Replica  作者: 根岸重玄
競技大会編
144/216

終焉をもたらす者、そして止める者たち

 2036年7月6日 午後3時51分


 空気が重たく、ねじれている。

 地面は沈黙し、観客など一人もいないような異常な静寂が支配していた。

 完全没入――すなわち《潰滅の巨人ティタヌス・エクステルミナーティオニス》。

 その異常な状態を打ち破った天乃(あまの)は、ようやく“現象”ではなく“存在”としての《潰滅(ついめつ)》を引きずり出すことに成功した。

 その瞬間、《潰滅(ついめつ)》は天乃(あまの)を見た。


「貴様……」

 

 その声には、確かな敵意と、恐れが混ざっていた。

 完全没入を解除された――それが彼にとっての「敗北」に等しい体験だった。

 認識が変わる。優先順位が変わる。

 彼の頭の中で、最大脅威――《天乃(あまの)(しん)》と認定された。

 ――だが。


「チッ……忘れたか?」


 目の前に立つ男がいた。

 《行き止まり(デッドエンド)》。

 《潰滅(ついめつ)》の意識が天乃(あまの)へと移ろうとした、その刹那。

 《行き止まり(デッドエンド)》の減速領域が再び全力で機能し始めた。

 完全没入によって切り離されていた「減速の呪い」が、再び《潰滅(ついめつ)》の肉体を蝕む。

 ただでさえ、あの巨体を動かすには莫大なエネルギーが必要なのだ。

 しかも、魔力の流れを潰すような領域がまとわりついている。


「動き……が、鈍る……!」


 その判断の一瞬の遅れ。

 ただそれだけで、戦局は決まった。


我、汝に跪坐を命ずひざまずけ!」


 水無月(みなづき)の詠唱が響いた。

 空間が音とともに振動する。

 潰滅(ついめつ)の膝が、折れた。

 ズゥゥゥンッ!

 地響きとともに、大地が揺れる。

 その巨体が、武装――あの巨大な戦鎚(せんつい)を――手放した。


「っ……!?」


 潰滅(ついめつ)の目に、焦燥と、そして――恐れが浮かぶ。


「……それだ」


 《行き止まり(デッドエンド)》の目が細められる。


(奴の最初の詠唱……"我が戦鎚(せんつい)を見るがいい"……"我が戦鎚(せんつい)の薙ぐ先は無窮(むきゅう)の大地と化すであろう"……。あれが、奴の“起動条件”だとしたら――!)


 直感が、確信に変わる。

 《行き止まり(デッドエンド)》は、即座に魔力を練り上げた。


「触れたら終わりだぜ――止まりな、《潰滅(ついめつ)》ッ!」


 魔術が展開する。

 《停止領域》。

 対象の動き、熱、衝動――すべてを“停止”させる異常空間が広がる。

 《潰滅(ついめつ)》は、あの戦鎚(せんつい)を拾おうと、腕を動かそうとした。

 だが、その動きが、止まった。

 完全に――止まったのだ。


「……あぁ……っ」


 視線だけが、動く。

 圧倒的な暴力の化身。自らを“滅ぼす者”と称した存在が、今、沈黙の牢獄に囚われた。


「これで……勝ちだ」


 《行き止まり(デッドエンド)》の声音は、あくまで静かだった。

 だが、その声音には確かな誇りがあった。

 ――止めたのだ。

 滅ぼすことを運命づけられた巨人を。

 ただ「止めたい」と願ったその手で。


 2036年7月6日午後3時56分


 《潰滅(ついめつ)》の巨体が停止した静寂を破ったのは――拍手だった。


「……拍手?」


 天乃(あまの)が眉をひそめたその先、僧衣の男が、場違いなほど穏やかな笑みを浮かべて手を叩いていた。


「素晴らしい。まさか完全没入が、他の完全没入以外の方法で破られるとは思わなかった。いやはや……これはまさに、奇跡だ」


 声に怒りも高揚もない。ただただ称賛を紡ぐような、本物の信徒の声色だった。


「……誰だよ、テメェ……」


 《行き止まり(デッドエンド)》が険しい目を向ける。

 が、次の瞬間、天乃(あまの)の背筋を冷たいものが走った。

 気配が、なかった。


「いつからいた……?」


 誰も気づかなかった。

 視界にも、魔力の流れにも、足音にも気配がなかった。

 “気づいたときには、そこにいた”


「私は、『信仰屋』――神の代弁者である」


 その名は、聖魔教の“教主”にして最大の異能保持者。

 実在が曖昧な存在。

 神と人との境界に立つ者――“神を演じる者”。

 僧衣の男は静かに、そして確かに名乗った。

 そして、「恥を忍んで頼みたい」と彼は頭を垂れた。


「そこの《潰滅(ついめつ)》を、解放してもらえないかね?」

「……あぁ?」


 《行き止まり(デッドエンド)》が片眉を吊り上げる。


「無理に決まってんだろ、これから尋問が残ってんだからよぉ」

「おぉ……神よ、我に試練を与えるか」


 嘆くように顔を覆う『信仰屋』。


「頭沸いてんのか、テメェ……」


 《行き止まり(デッドエンド)》の苛立ちは明らかだ。

 だが――天乃(あまの)は、直観的にまずいと感じていた。

 体がわずかに震える。

 この男は、何かが根本的に違う。

 そして――


「我が権能たる《信仰》よ、敬虔なる信徒を救い給え!」


 『信仰屋』の声が空に響いた。

 瞬間、空気が震えた。

 空間が――(ゆが)む。


「なっ――!?」


 行き止まり(デッドエンド)の停止領域が、奇跡のように“抜けられた”。

 《潰滅(ついめつ)》が、動く。

 巨躯が立ち上がる。

 神の奇跡に応じるように、不可避の現象が再び始まる。


「……当然、タダでなどとは言わない」


 穏やかな声で、だが確かに宣言する。


「君たちの命と引き換えにね」


 にこやかに微笑む“教主”の顔は、まさしく“神”を演じる者の顔だった。


「教主よ、助かりました」


 《潰滅(ついめつ)》――マグヌス・ヴェルメロは膝をついたまま、神に跪くがごとく頭を垂れる。

 巨体とは裏腹に、その声音には確かな敬意と帰依があった。


「いや、これは私の落ち度だ」


 僧衣の男――『信仰屋』は穏やかに応じた。

 その微笑みには自責の色すら浮かばない。ただ、ゆるやかに神を語る者としての静けさがあった。


「まさか、敵側の“駒”がこんなところにいたとは。

 しかも、覚醒者だとはね」


 その視線は、天乃(あまの)を射抜くように向けられていた。


「駒……ですか」


 《潰滅(ついめつ)》が静かに繰り返す。


「――天乃(あまの)(しん)。『殺し屋』の舞台で見たよ。

 あの時は気づかなかったが……いやはや、覚醒者に至るとは」


 『信仰屋』の口調は軽い。だがその中に宿る知識の深さと、確信に満ちた眼差しが、異質さを際立たせる。


「それは――」


 天乃(あまの)が口を開きかけたが、『信仰屋』はその続きを遮るように話す。


「舐めてはいけない。彼ら――覚醒者とは、理論上、超越者すら単騎で打倒し得る存在だ。

 祈りなき神をも、心ひとつで覆す異端の光だ」


 《潰滅(ついめつ)》がそれを聞き、かすかに笑みを浮かべる。「はっ」と短く呼吸を吐いた。

 一方、《行き止まり(デッドエンド)》は『信仰屋』を睨みつけていた。


「わけわかんねぇ……俺の停止領域を奇跡的に抜け出すだと?」

「わからんかね?」


 信仰屋はゆっくりと首を傾ける。


「信仰が足りていないのではないか? 祈りを欠かしているのではないか? 君自身、振り返るべきことがあるのではないか?」


 その問いかけはどこまでも静かで――しかし、人の心を捻じ曲げるような重さを持っていた。


「……うるせぇよ」


 《行き止まり(デッドエンド)》は吐き捨てる。


「要はもう一度止めりゃあ済む話だ」


 指先に、停止領域の魔力が集中していく。

 視界が、空間が、再び“止まる”色に染まり始める。

 だが、信仰屋は微笑を崩さず言った。


「そうだね。簡単だ。神の奇跡は、それすら打ち破るがね」


 その言葉と同時に、空気が変わった。

 祈りという形を持たない力が、『信仰屋』を中心に満ち始める。

 信仰――それは力の源泉ではない。

 それは、「奇跡を起こすに足る理由」として世界が認めてしまうもの。

 神ではなく、神を信じる“物語”そのものが、力となって立ち上がろうとしていた。

 天乃(あまの)は直感した。


(――まずい。あれは、理屈では止まらない)


 《行き止まり(デッドエンド)》が再び“止めよう”とするなら、今度こそ止まらない何かに踏み潰される可能性すらある。

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