交錯する力と力
2036年7月6日午後3時38分
《潰滅》――マグヌス・ヴェルメロ。
完全没入。彼は今や「人」ではなく「潰滅という現象」と化していた。
戦鎚は構えられたまま。
その身は動かずとも、彼の内なる世界は巨大な熱量をもって膨張し続けていた。
ただ“潰す”ことだけを目的とする異常な空間。そこに《潰滅》の意志はない。
あったとしても、それは世界を呑み込む波のような、制御不可能な“圧”だった。
「……効かないわね」
水無月は冷静に吐息をついた。
詠唱による嵌合も効かない。
彼女の王命は、自我がなければ届かない。
詠唱は響かず、声も届かず、潰滅はただそこに“在る”。
「まったく、現象に命令なんてできるわけないじゃない……」
「だったら、俺の出番か」
天乃が一歩前に出る。
その瞳が紫に揺れる。――《魔術師殺し》が再起動される。
彼は指先を掲げる。魔力が天から糸のように垂れてくる。
天乃の魔術、《境界書換》。
対象の「存在」と「世界」の“境界”を改変する能力。
「書き換えるぞ、《潰滅》。お前の世界と、この世界との……“境界”を」
瞬間――
《潰滅》の内なる世界が、ひと雫、漏れ出した。
風が逆流する。視界が揺れる。地面が軋む。
それは、彼の“完全没入世界”が外に漏れ始めた合図だった。
「……出てくる」
《行き止まり》が呟く。
視えたのだ。明らかに、世界の“上に”被さる異物が。
「境界が、開いてる……」
水無月が続く。
彼女にも分かる。“あちら側”がこちらに流れ込んでいることが。
完全没入は、完全な遮断によって成り立っている。
それが今、崩れた。
「内なる世界は、現実世界と干渉できない代わりに、守られている。
だが、こうして漏れ出せば……世界そのものに矛盾が生じる。
そして、修正が入る」
天乃の声が静かに響く。
内なる世界は“異物”として扱われ、修正力――つまり世界そのものの自然な回復作用によって、消されていく。
「このままじゃ……」
《行き止まり》が呟く。
「アイツ、消えるぞ。この世界に、自分の世界が喰われる」
《潰滅》が――動いた。
ギリギリと奥歯を噛みしめるような“違和感”に、ようやく反応を示す。
外界からの侵入ではなく、内側からの“喪失”。
“潰滅”を名乗る存在が、自らの存在を潰されようとしている。
「……ッッ!」
無言のうめきのような咆哮とともに、空気が反転する。
一気に、魔力の密度が下がった。
「……解除した」
水無月が口元に手を添える。
完全没入――《潰滅の巨人》、解除。
目の前に立つのは、巨漢の男。ただし、まだ“潰滅”であることに変わりはない。
「……よくぞ」
その声は、ようやく“個人”のものだった。
「よくぞ我が世界を壊した、少年」
「まだ終わってねぇぞ、《潰滅》」
隣に立つ《行き止まり》が言う。
そして、水無月が淡く頷く。
今、ようやく三人との戦いが“同じフィールド”に立った。
“現象”ではなく、“人”として――




