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Replica  作者: 根岸重玄
競技大会編
141/286

触れるものすべて、潰すもの

 2036年7月6日 午後3時18分


 減速領域が空間を覆う。形なき範囲がじわじわと世界を締めつけ、《潰滅(ついめつ)》の動きを削いでいく。

 その中で、《潰滅(ついめつ)》――マグヌス・ヴェルメロの動きが、ついに鈍った。


(……勝ったな)


 《行き止まり(デッドエンド)》がそう思った瞬間だった。


「“――世界を統べる十三人の豪傑よ”」


 その声が低く、地の底から這い上がってくる。


「……何だ?」


 《行き止まり(デッドエンド)》が眉をひそめる。


「“我が声を聞き届け給え――”」


 それは、再びの詠唱だった。

 だが、これはただの発動ではない。詩のように、呪いのように、神話のように続くその詠唱は、明らかに今までの“没入”とは異なる質を帯びていた。


「“我は一振りの戦鎚”」

「“我は潰すもの”」

「“我は滅するもの”」

「“我は“信仰”の遣いなり”」


「……嘘だろ」


「“完全没入フル・ダイブ――《潰滅の巨人(ティタヌス・エクステルミナーティオニス)”》」


 詠唱が完了した刹那、《潰滅(ついめつ)》の肉体から立ち上る魔力が膨張した。

 否、“膨張”という言葉では生温い。

 世界がねじれる。

 地面が、空気が、重力が、《潰滅(ついめつ)》の存在を中心に再構築されるような錯覚。


(こいつ、自分の意識ごと――世界から切り離した!?)


 《行き止まり(デッドエンド)》は即座に次の停止領域を張ろうとしたが、指先が動く前に理解する。


(効かねぇ……こいつ、“動きたい”という意思すら持ってねぇ!)


 没入者の定義は、自らの世界観に精神ごと沈み込むことで現実を塗り替えることにある。

 だが、《潰滅(ついめつ)》の“完全没入”は、文字通り「現実からの隔絶」だ。

 もはや彼の中に「戦う」「止める」「進む」――そういった主観的行為は存在しない。

 あるのは、“潰す”という無機質な機能だけ。

 ゆえに、《行き止まり(デッドエンド)》の減速領域は作用しない。

 動きたいわけじゃないから、止めようがない。


(クソ……! そんなのアリかよ!)


 さらに悪いことに、彼が触れた瞬間にすべてを潰すという現象は健在だった。

 無数の停止領域――槍、棘、網――すべてを瞬時に粉砕する。

 破壊音ではない。“潰れる”音だ。


「――おい、嘘だろ……これが、完全没入の正体かよ」


 《行き止まり(デッドエンド)》は、ようやく気づく。


(詠唱が……二種類ある……)


 心象風景を言語化することで力とする没入者にとって、詠唱は唯一のものだ。

 それが二つある。


(どぉなってやがる……)


 《潰滅(ついめつ)の巨人》――その名に相応しい巨体が、無言で歩を進める。

 眼前の《行き止まり(デッドエンド)》を完全に無視し、一直線に時計塔へと向かっていく。


「させるかっ……!」


 吠える《行き止まり(デッドエンド)》。

 だが、叫びも、意思も、彼には届かない。

 既に《潰滅(ついめつ)》は没入の最中にあり、ただ現象として“潰す”という本能に従って動いているにすぎない。

 停止領域――

 《行き止まり(デッドエンド)》が誇る、あらゆる運動を停止させるその魔術も、今の《潰滅(ついめつ)》には通用しない。

 触れるものすべてを“潰す”という存在に対し、領域そのものは打ち砕かれてしまうからだ。

 しかし。

 《潰滅(ついめつ)》には、決定的な欠陥があった。

 それは「考えない」ということ。

 《完全没入》は、意思すら排除し、世界との繋がりを自ら断ち切る禁断の術。

 それゆえに、動作に迷いはなく、妨害は無意味。

 だが同時に、“例外”への対応能力を失っていた。


(止まれねぇなら、こっちを止めりゃいい)


 《行き止まり(デッドエンド)》は、構築対象を変更した。


「……止まれよ、時計塔」


 停止領域が、今度は時計塔そのものを包み込む。

 構造物は当然、思考も反発の意思も持たない。

 だからこそ、確実に、完璧に、“止まった”。

 《潰滅(ついめつ)》が無造作に戦鎚を振り上げる。

 ――しかし、届かない。

 彼の巨躯が迫ろうとも、止まった時計塔は揺るがない。

 潰滅(ついめつ)の魔力が領域を壊しても、既に“停止された”物体には干渉できない。


(やっぱりな……!)


 冷静に観察していた《行き止まり(デッドエンド)》は、その確信に至る。

 《潰滅(ついめつ)》の能力は、あくまで“外部からの破壊”だ。

 停止領域そのものは破壊できても、“領域が適用された後”の物体には干渉できない。

 つまり、既に止まっているものは――《潰滅(ついめつ)》できない。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 《潰滅(ついめつ)》は方向を変えた。

 時計塔の正面がダメなら、側面。

 側面がダメなら、基部。

 破壊できるまで、ひたすら試行を繰り返す。

 その姿は、意思ではなく本能。

 獣のようでもあり、機械のようでもあった。


(畜生、マジで止まらねぇ……!)


 《行き止まり(デッドエンド)》は次の一手に打って出た。

 潰滅(ついめつ)の周囲――半径数メートルの空間を、すべて停止領域で覆い尽くす。

 一層、二層、三層……停止の殻が何重にも重なっていく。

 動くたびに、砕けては再構築される停止の壁。

 それは、牢獄のようでもあり、繭のようでもあった。


(……だが、これは時間稼ぎにしかならねぇ)


 彼は分かっていた。

 《潰滅(ついめつ)》を完全に止めるためには、外部からの制圧では足りない。

 あれはもう、人ではない。概念だ。

 ならば、倒すためには――

 内側からの崩壊しかない。

 《行き止まり(デッドエンド)》は、止まった時計塔を背に、歯を食いしばる。


(――誰か、あいつの中に、届くやつがいねぇのか)


 時計塔の頂きで、太陽が鈍く反射していた。

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