潰し合う者たち
2036年7月6日午後3時4分
「《祝福者》――あの娘の相手を」
《潰滅》は《祝福者》に指示を出すと、《行き止まり》のほうを向く。
そして、地響きのような詠唱が、空を裂く。
「“――おお、怒れる民よ、我が戦鎚を見るがいい”」
「詠唱!? させるかよぉぉ!!」
《行き止まり》が魔力噴出による飛翔で《潰滅》に肉薄する。
だが、《潰滅》――マグヌス・ヴェルメロは巨躯に似合わぬ身のこなしで、詠唱を中断することなくその接近を躱した。
「“この巨大な威光を、意匠を見るがいい”」
「“諸君らの無念はいまここに報われる”」
「“我が戦鎚の薙ぐ先は無窮の大地と化すであろう”」
「“あらゆるものは壊滅し、消滅し、潰滅する”」
「“我が偉業、我が一振りを誇るがいい”」
「“――没入開始、《潰滅の巨人》”」
詠唱の終わりと同時に、潰滅の動きが一瞬だけ静止する。
「今だ、止まりやがれぇぇぇ!!」
叫びと共に、《行き止まり》が展開する――多層構造の停止領域。
領域は連なった刃のように襲いかかる。
一層、二層、三層――砕かれる。
だが、五層目から戦鎚の動きが鈍る。
八層目が、ついにその動きを封じた。
(……殺った)
そう確信しかけたその瞬間。
潰滅の身体が、停止した空間の中で、なおも動いていた。
《潰滅の巨人》――それは没入という技術が使われた術式。
自らの世界を構築し、その中で完結する戦闘形態。
つまり今、《潰滅》は外界の法則とは無関係な“自分だけの世界”にいる。
その内側の法則が《潰滅》の周囲の世界を侵食しているのである。
停止領域すら、それを侵せない。
(チッ……止めても止まらねぇってか)
だが、行き止まりもまた、自らの極地を知っていた。
(だったら、こっちも切り札だ)
「“原初に抱いた我が情景は、世の理を侵す思想”」
「“汝らよ、どうか我が眼前を駆け抜けて欲しい”」
「“汝らの疾走を阻むことこそが我が唯一の渇望であるが故に”」
「“停止した世界こそ最も穏やかで安らげる居場所となるのだから“」
「“終焉の幕はもう下りない”」
「“此処が終点――《行き止まり》”」
術式の名とともに、静寂が訪れる。
それは停止でも消滅でもない。
ただ、あらゆる運動量が失われていく――減速。
限界まで摩擦が増幅されたような、抵抗の塊。
《潰滅》が、その足を一歩、踏み出そうとする。
その瞬間――空気が、押し返した。
音が鈍る。
色が褪せる。
動きが止まりかける。
《行き止まり》の“真の領域”――形なき篏合型干渉領域が完成したのだ。
この領域には形がない。見えず、感じられず、認識すらできない。
かつて天乃がその“境界”を見出せず、《境界書換》ですら干渉できなかった《行き止まり》の切り札である。
(形がないなら……あいつの“潰滅”は通じねぇ)
《潰滅》が戦鎚を振り上げる。
その重量が、空気ごと押し潰すはずだった。
だが――
重さそのものが、止まりかけている。
衝撃が減速し、余波が消える。
世界が、徐々に《行き止まり》の法則へと沈みつつあった。
「――終点は、てめぇの足元だ。《潰滅》さんよぉ」
その声は、もはや宣告だった。




