偽りと真実の境界
2036年7月6日 午後3時00分。競技グラウンド――
開始の合図とともに、狗飼のチームがフィールドへ展開する。
戦術はこれまでと同じだった。
前衛――天空。
後衛――狗飼。
天空が敵前線を単騎で撹乱し、狗飼は自陣奥の拠点で魔力を流し続ける。
敵が狗飼を狙って後方へ迫れば、天空を召喚して足止めさせる。
これまで何度も繰り返された、盤石の流れ。
だが、今回は違っていた。
敵チームが狗飼を狙い、自陣奥に迫った――その瞬間。
後方にいた狗飼が、光に包まれながら変貌する。
「……え?」
そして姿を現したのは、もう一人の天空だった。
二人の天空が存在するという、ありえない光景。
前線の天空もそのまま。
後方の天空もそのまま。
ざわめく観客。困惑する敵チーム。
どこか――嫌な予感を覚えていた。
「はえー、狗飼ちゃんって引き出しが多いねぇ」
遊上が呑気に言葉を漏らす。
「そうね。私もまだ、底を見たことがないくらい」
隣で緋澄が薄く微笑む。
だが、天乃はそれに頷けなかった。
(おかしい。どちらの天空さんからも、狗飼さんの魔力の“色”が感じられない)
魔力の流れは感じられる。だが、それは狗飼本人のものではなかった。
二人の天空――
それは本来、狗飼の魔術であるはずなのに、明らかに自律した別個の存在として動いていた。
(……狗飼さん自身は、今――この会場には、いない?)
その瞬間、天乃の端末が震えた。
着信――間森からだった。
「はい、天乃です」
『慎か、俺だ』
「啓吾? どうした」
『ちょっと厄介な問題が起こった。お前の助けが必要になるかもしれない』
「……俺の? どうして?」
『使えるようになったんだろ? 魔術。……《境界書換》』
天乃は一瞬、言葉を失った。
どうしてそれを。
『……それが必要になるかもしれない』
「わかった。どこに行けばいい」
『時計塔だ』
「……“門戸”と“孔”があるっていう場所だよな」
『そうだ。すぐに来てくれ。既に《潰滅》が動き出してる』
「《潰滅》?」
「聖魔教の司祭だ。昨日とは別件でな」
天乃の視界に、もう一度フィールド上の“二人の天空”が映る。
偽りの狗飼。
そして、真実に迫る予感。
「……了解。今すぐ向かう」
天乃は席を立った。
何も知らない遊上が「え、どこ行くの?」と声をかけるが、それに答える暇もなかった。
英莉がすぐに後を追う。
「行くのじゃな、主殿」
「頼む」
風が吹いた。
午後の陽差しの中、天乃の背が真っ直ぐに伸びる。
次に向かうのは、競技の舞台ではない。
魔術の境界線が引かれた、世界のほころび――“時計塔”である。




