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Replica  作者: 根岸重玄
競技大会編
136/286

偽りと真実の境界

 2036年7月6日 午後3時00分。競技グラウンド――


 開始の合図とともに、狗飼(いぬかい)のチームがフィールドへ展開する。

 戦術はこれまでと同じだった。

 前衛――天空てんくう

 後衛――狗飼(いぬかい)

 天空てんくうが敵前線を単騎で撹乱し、狗飼(いぬかい)は自陣奥の拠点で魔力を流し続ける。

 敵が狗飼(いぬかい)を狙って後方へ迫れば、天空てんくうを召喚して足止めさせる。

 これまで何度も繰り返された、盤石の流れ。

 だが、今回は違っていた。

 敵チームが狗飼(いぬかい)を狙い、自陣奥に迫った――その瞬間。

 後方にいた狗飼(いぬかい)が、光に包まれながら変貌する。


「……え?」


 そして姿を現したのは、もう一人の天空てんくうだった。

 二人の天空てんくうが存在するという、ありえない光景。

 前線の天空てんくうもそのまま。

 後方の天空てんくうもそのまま。

 ざわめく観客。困惑する敵チーム。

 どこか――嫌な予感を覚えていた。


「はえー、狗飼(いぬかい)ちゃんって引き出しが多いねぇ」


 遊上ゆがみが呑気に言葉を漏らす。


「そうね。私もまだ、底を見たことがないくらい」


 隣で緋澄(ひずみ)が薄く微笑む。

 だが、天乃(あまの)はそれに頷けなかった。


(おかしい。どちらの天空てんくうさんからも、狗飼(いぬかい)さんの魔力の“色”が感じられない)


 魔力の流れは感じられる。だが、それは狗飼(いぬかい)本人のものではなかった。

 二人の天空てんくう――

 それは本来、狗飼(いぬかい)の魔術であるはずなのに、明らかに自律した別個の存在として動いていた。


(……狗飼(いぬかい)さん自身は、今――この会場には、いない?)


 その瞬間、天乃(あまの)の端末が震えた。

 着信――間森(まもり)からだった。


「はい、天乃(あまの)です」

しんか、俺だ』

啓吾けいご? どうした」

『ちょっと厄介な問題が起こった。お前の助けが必要になるかもしれない』

「……俺の? どうして?」

『使えるようになったんだろ? 魔術。……《境界書換》』


 天乃(あまの)は一瞬、言葉を失った。

 どうしてそれを。


『……それが必要になるかもしれない』

「わかった。どこに行けばいい」

『時計塔だ』

「……“門戸(ゲート)”と“孔”があるっていう場所だよな」

『そうだ。すぐに来てくれ。既に《潰滅(ついめつ)》が動き出してる』

「《潰滅(ついめつ)》?」

「聖魔教の司祭だ。昨日とは別件でな」


 天乃(あまの)の視界に、もう一度フィールド上の“二人の天空てんくう”が映る。

 偽りの狗飼(いぬかい)

 そして、真実に迫る予感。


「……了解。今すぐ向かう」


 天乃(あまの)は席を立った。

 何も知らない遊上ゆがみが「え、どこ行くの?」と声をかけるが、それに答える暇もなかった。

 英莉がすぐに後を追う。


「行くのじゃな、主殿(あるじどの)

「頼む」


 風が吹いた。

 午後の陽差しの中、天乃(あまの)の背が真っ直ぐに伸びる。

 次に向かうのは、競技の舞台ではない。

 魔術の境界線が引かれた、世界のほころび――“時計塔”である。

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