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Replica  作者: 根岸重玄
競技大会編
118/216

障害を越えて

 2036年7月5日 午前10時45分


 競技場の応援席は、次の競技「障害物競走」を前に、ざわめきと期待に包まれていた。水無月(みなづき)が出場するこの競技には、狗飼(いぬかい)緋澄(ひずみ)遊上ゆがみの三人も観戦に(おとず)れていた。

 天乃(あまの)は、英莉えり間森(まもり)と共に巡回任務の一環として、応援席の様子を見に来ていた。その姿を見つけた遊上ゆがみが、手を振って声をかけてきた。


しんちゃん!」


 その呼びかけに、天乃(あまの)たちは足を止め、遊上ゆがみたちのもとへと向かった。

 狗飼(いぬかい)がにこやかに手を振る。


「あー、天乃(あまの)くんだ。やっほぉ。この前はありがとうねぇ」


 天乃(あまの)は軽く会釈(えしゃく)を返す。


狗飼(いぬかい)さん、あの時は無事で何より」


 狗飼(いぬかい)は笑顔のまま頷く。

 天乃(あまの)は数日前、狗飼(いぬかい)の誘拐事件を解決したことになっている。


「うんうん、あの時はちょっと大変だったけど、天乃(あまの)くんのおかげで助かったよぉ」


 その隣で、緋澄(ひずみ)一瞥(いちべつ)すると、何も言わずに正面を向いた。

 間森(まもり)狗飼(いぬかい)に目を向けると、狗飼(いぬかい)は首をかしげる。


「あら? 初めまして、ですよね」


 間森(まもり)は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔を作った。


「ええ、初めまして。間森(まもり)啓吾けいごです」


 狗飼(いぬかい)はにっこりと笑う。


「よろしくねぇ、間森(まもり)くん」


 そのやり取りを見ていた天乃(あまの)は、何か引っかかるものを感じたが、言葉にはしなかった。


 やがて、競技開始のアナウンスが流れ、観客の視線が一斉に競技場へと向けられた。

 水無月(みなづき)がスタートラインに立つ。

 小柄な体躯(たいく)ながら、彼女の目には強い意志が宿っていた。

 スタートの合図と共に、水無月(みなづき)は魔力を噴出(ふきだ)させて一気に加速する。

 その速度は、他の参加者を圧倒していた。

 障害物を破壊するのではなく、(たく)みに迂回(うかい)して(かわ)していく。

 三次元の立体的な軌道(きどう)を利用した最短のルート取りは、まさに見事というほかない。

 観客席からは歓声が上がる。

 狗飼(いぬかい)が嬉しそうに声を上げた。


「ふぅちゃん、すごいよぉ!」


 遊上ゆがみも手を叩いて喜ぶ。


「さすが水無月(みなづき)ちゃん!」


 緋澄(ひずみ)は無言のまま、真剣な眼差しで水無月(みなづき)の走りを見つめていた。

 そのまま水無月(みなづき)は、他の参加者を大きく引き離してゴールラインを駆け抜ける。

 1回戦、堂々の1位通過。

 観客席からは大きな拍手が送られた。

 天乃(あまの)は静かに拍手を送りながら、心の中で水無月(みなづき)の健闘を(たた)えた。

 どうやら2回戦は半時間後らしい。

 その後、天乃(あまの)英莉えり間森(まもり)の三人は、警備隊の任務である巡回に戻るため、狗飼(いぬかい)緋澄(ひずみ)遊上ゆがみに別れを告げた。


「それじゃ、また後で」


 天乃(あまの)がそう言うと、狗飼(いぬかい)が手を振って応えた。


「うん、またねぇ、天乃(あまの)くん!」


 遊上ゆがみも元気よく手を振る。


しんちゃん、頑張ってね!」


 緋澄(ひずみ)は無言のまま、軽く頷いた。

 三人は再び巡回の任務へと戻っていった。

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