障害を越えて
2036年7月5日 午前10時45分
競技場の応援席は、次の競技「障害物競走」を前に、ざわめきと期待に包まれていた。水無月が出場するこの競技には、狗飼、緋澄、遊上の三人も観戦に訪れていた。
天乃は、英莉と間森と共に巡回任務の一環として、応援席の様子を見に来ていた。その姿を見つけた遊上が、手を振って声をかけてきた。
「慎ちゃん!」
その呼びかけに、天乃たちは足を止め、遊上たちのもとへと向かった。
狗飼がにこやかに手を振る。
「あー、天乃くんだ。やっほぉ。この前はありがとうねぇ」
天乃は軽く会釈を返す。
「狗飼さん、あの時は無事で何より」
狗飼は笑顔のまま頷く。
天乃は数日前、狗飼の誘拐事件を解決したことになっている。
「うんうん、あの時はちょっと大変だったけど、天乃くんのおかげで助かったよぉ」
その隣で、緋澄は一瞥すると、何も言わずに正面を向いた。
間森が狗飼に目を向けると、狗飼は首をかしげる。
「あら? 初めまして、ですよね」
間森は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔を作った。
「ええ、初めまして。間森啓吾です」
狗飼はにっこりと笑う。
「よろしくねぇ、間森くん」
そのやり取りを見ていた天乃は、何か引っかかるものを感じたが、言葉にはしなかった。
やがて、競技開始のアナウンスが流れ、観客の視線が一斉に競技場へと向けられた。
水無月がスタートラインに立つ。
小柄な体躯ながら、彼女の目には強い意志が宿っていた。
スタートの合図と共に、水無月は魔力を噴出させて一気に加速する。
その速度は、他の参加者を圧倒していた。
障害物を破壊するのではなく、巧みに迂回して躱していく。
三次元の立体的な軌道を利用した最短のルート取りは、まさに見事というほかない。
観客席からは歓声が上がる。
狗飼が嬉しそうに声を上げた。
「ふぅちゃん、すごいよぉ!」
遊上も手を叩いて喜ぶ。
「さすが水無月ちゃん!」
緋澄は無言のまま、真剣な眼差しで水無月の走りを見つめていた。
そのまま水無月は、他の参加者を大きく引き離してゴールラインを駆け抜ける。
1回戦、堂々の1位通過。
観客席からは大きな拍手が送られた。
天乃は静かに拍手を送りながら、心の中で水無月の健闘を讃えた。
どうやら2回戦は半時間後らしい。
その後、天乃、英莉、間森の三人は、警備隊の任務である巡回に戻るため、狗飼、緋澄、遊上に別れを告げた。
「それじゃ、また後で」
天乃がそう言うと、狗飼が手を振って応えた。
「うん、またねぇ、天乃くん!」
遊上も元気よく手を振る。
「慎ちゃん、頑張ってね!」
緋澄は無言のまま、軽く頷いた。
三人は再び巡回の任務へと戻っていった。