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Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
11/216

誓約

2036年6月6日午後12時07分


(まずい。体がいうことを利かない)


 天乃(あまの)の肉体は意志とは無関係に建物の端に向かって歩いている。

 このままでは遠からず,飛び降りてしまうだろう。


(あの野郎,絶対後悔させてやる)


 似姿(アバター)はニヤニヤと嫌な笑いを顔に張り付けて天乃(あまの)の様子をうかがっている。

 ――いや興味深い対象を観察しているというべきかもしれない。

 天乃(あまの)は必死で生き残る術を考える。


(ここは10階建てのマンションより高い。

 いくら魔術(まじゅつ)による補正があるとしても,普通に飛び降りたらまず助からない。

 生きていたらまた会おうだと? どうやって生き延びろってんだ)


 身体があと数歩で建物の端に到達する。

 考える時間はもう残されていない。

 そのとき,天乃(あまの)はあることを思いつく。


()()()()()()()()()()()()

 アイツは地面に落ちろとは言わなかった。だったらできるはず)


 天乃(あまの)は明確にとある場所に飛び降りるイメージをする。

 すると,全くいうことの利かなかった身体がその方向に向かって走り出す。


(やっぱり。最終的に飛び降りるなら,そこまではある程度の裁量がある)


「ほぉ,気ぃついたか。

 ほんなら,この哀れな嬢ちゃんを救ってみろや」

「うおおおぉぉ」


 天乃(あまの)は助走をつけて建物の端から踏み切り,勢いよく飛び降りる。

 ――隣の10階建てのマンションの屋上に向かって。




 ドン,と両脚から屋上に着地した天乃(あまの)はそのまま体を回転させ,勢いを殺していく。


「がはっ,やっぱり痛くねぇ。が,心臓には悪かったな」


 天乃(あまの)は辺りを見回し,地上へと続く階段を探す。

 しかし,屋上の入り口であると思われる扉には鍵がかかっていた。


(そうだよなぁ,普通開いてないか。

 さて,どうやって向こうに渡るかだな)


 そのとき,天乃(あまの)はとある一つの考えが浮かんでいた。


(いやいや,ないって。無理だろう。

 登ってきた道を逆に降りようとか,正気の沙汰じゃねぇよ。

 ――でも,それが手っ取り早いか)


 天乃(あまの)は,このマンションに登ってきたところからフェンス越しに下を眺める。


(ここからフェンスを越えて。

 あそこにぶら下がって。

 あのベランダの手すりに着地して。

 着地した手すりにぶら下がってその下の階のベランダの手すりに着地する。

 ――これを繰り返す。ってマジ?

 1回踏み外したら即アウトかぁ。やりたくねぇなぁ)


 そう思いつつも,既に天乃(あまの)は屋上のフェンスに手をかけていた。


「やるか」




 天乃(あまの)は,決意さえ固まれば後はどうとでもなるということを学んだ。




 約10分後,天乃(あまの)は来た道を逆向きに帰るように,10階建てのマンションの屋上から地上に帰還していた。


(やればできるもんだな。進んでやりたいとは思わないけど。

 さて,あとは水無月(みなづき)のところに戻るか)


 天乃(あまの)水無月(みなづき)のいる建物の屋上に上がろうと道を探していると,上空から声をかけられた。


「いた! アンタ,こんなとこで何してんのよ!」


 その声に天乃(あまの)が上を見ようとすると,


「『我,汝に伏臥を命ず(こっちみんな)。』!」


 という声が聞こえ,天乃(あまの)は頭から地面に叩きつけられる。


「がはっ。いっ,たくはないけど,何すんだよ」


 ガバッと起き上がった天乃(あまの)は,上空から舞い降りるように着地した水無月(みなづき)に文句を言う。


「うっ,だ,だって……

 見えちゃうじゃないスカートの中が」

「そ,れは。俺が悪いのか? 照れ隠しで許される範疇(はんちゅう)なのか?」


(というか今までも,ちょくちょく見え隠れしていた気がするんですが。

 それは黙っておいた方がいいんだろうな)


「いいでしょ,ちょっとくらい。痛くないんだし。

 それより,アンタ,何でこんなとこにいるのよ! 探したじゃない」

「それは――まぁ,今はいい。とりあえず,この《結界》から脱出しようぜ」


 天乃(あまの)は,『虚空の旋律(コクウノシラベ)』とのやりとりを話すべきかとも考えたが,都合の悪い話をしようとすると,また水無月(みなづき)が気絶させられかねないと考え,一旦保留することにした。




「待って」


 水無月(みなづき)は緊張した面持ちで天乃(あまの)を呼び止める。


「アタシが,アンタを探していたのは,その。

 ……お別れを,ゆうためなの」

水無月(みなづき)?」

「今日は,その,アタシの事情にも巻き込んじゃったみたいで,ゴメンね。

 わけわかんないよね。魔導書(まどうしょ)とか。こんな体の理由とか」

「オマエ,『虚空の旋律(コクウノシラベ)』から何か聞いたのか」

「アンタに全部話したって。

 それで,アンタは,こんなアタシを助けようとしてくれてるって。

 でも,アタシは,少なくともまだ,あの魔導書(まどうしょ)を手放すわけにはいかないの」

「待てよ。あれは,オマエの魂を喰ってるとか言ってたぞ。

 そんなもん,いいわけないだろうが」

「そうよ。アタシは,自分の意志でそうしてるの。

 だから,()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 このまま放っておいて」

「そんなこと――」

「難しいよねっ。

 アンタの性格なんとなくわかる。似てる人を知ってるから。

 だから,()()()()

 『我,汝に我が存在の忘(アタシのことはわすれ)却を命ず(なさい)』」

水無月(みなづき)!? うっ」



 天乃(あまの)はそう叫ぶとそのまま頭を抱えて(うずくま)る。


「ゴメンね」


 そう言って立ち去ろうする水無月(みなづき)の肩を後ろから天乃(あまの)が掴む。


「待てよ,水無月(みなづき)。まだ,終わっちゃいないぜ?」


 その言葉に水無月(みなづき)は驚愕する。


「どうして!? アンタは,アタシの術式が効き易い体質のはず!?」

「さぁな。オレにもわかんねぇよ。

 でも,なぜかオマエのことは忘れちゃいないぜ」

「なんで?

 『我,汝に忘却を命ず(わすれなさいよ)』!」

「……効かないなぁ。全部覚えてるよ,オマエのこと」

「どうなってるの? 説明しなさい!!」



「そんなこと言われても……」


 天乃(あまの)が困惑気味に言葉を返すが,水無月(みなづき)の目線は天乃(あまの)ではなく,自分の制服に向いていることに気付く。



 次の瞬間,水無月(みなづき)の制服の方から『虚空の旋律(コクウノシラベ)』の声が聞こえた。


「あははははは。アンさん,そういえば記憶喪失やったな?

 それって魔術(まじゅつ)が原因とかか?」

「テメェ。さっきはよくも殺しかけてくれたな」

「え? どうゆうこと? 殺しかけたって?」

「なんや。細かいことは気にすんなや。ちょっとしたじゃれ合いみたいなもんやん。

 それで? どないなん?」

「そうだよ。魔術(まじゅつ)性健忘だってよ」

「……ふーん,さようか。珍しい術式やな。ワイも見たことないわ。そんなもん。

 でも,わかったで,嬢ちゃん。少年の記憶が消えへんのはどうもその術式と衝突するせいやわ。

 既に記憶を消している以上,これ以上は消せんってことやな」

「つまり,なんなの。

 コイツにはとんでもない記憶喪失術式が常設してて,それがアタシの術式を弾いたって理解でいいのね?」

「せやな。ちなみにワイの能力を全力(フル)で使っても外せんな,その術式は」

「はぁ? なんですって!?」

「落ち着けや嬢ちゃん。なにもワイに限ったことやない。これは基本的にどんな術式でも外せん。

 ()()()()()()()()()()()

「どういう意味?」


 水無月(みなづき)がコテンと首をかしげる。


()()()()()やで,これは」

「神の仕掛け?」

「あるんや,世の中には。神の術式が。ワイも見んのは3度目や。

 とゆうか嬢ちゃんも見たんとちゃうんか? 世界の穴を」

「まさか……コイツの頭に常設してる術式は,()()()()()()()()()()()()()と同等ってこと!?」

「せや。過去に見た神の術式と類似点がある」



「なぁ,今さらっととんでもないこと言わなかったか?

 世界の穴を開けたのは神の術式?

 それが,オレの記憶を消してる正体?」


 ここにきて,今まで放置されていた天乃(あまの)が声をあげる。



「あっ,コイツと喋ってるといつものノリで――アンタがいること忘れてたわ」

「ワイは覚えとったけどな。

 まぁ,ええやないか。いずれにしろ,これでできたやろ?

 少年を()()()()が」

「いやよ。ゆってるでしょ? アタシは殺しはしない」

「なんでや? 面倒やろ? 記憶が消せんのやったら,始末するしかないやん,普通」

「い・や!」

「じゃあ,どないするん? 結構知られたら(まず)いこと喋ったで? ワイ」

「それは――」



「オレが黙ってれば済む話だろ? それか,テメェを水無月(みなづき)から引き剥がせば済む話だ」


 天乃(あまの)が,すぐにでも後者を実行しようとする構えを見せる。


「おっ,その手があるやん」

「へ?」

「ふぇ?」



誓約(オース)ってゆうてな。古くから使われとる魔術(まじゅつ)や。

 普段から強制(ギアス)系しか使わんからすっかり忘れとった。

 これで,少年には秘密を黙っててもらえばええやん」

「アタシ,《王宮勅令(おうきゅうちょくれい)》しか使えないんですけど」


 水無月(みなづき)がふてくされるように口を尖らせる。


「大丈夫や。誓約(オース)は契約の一種でもある。ワイが補助すればできるで」

「なんだ,その誓約(オース)ってのは」

「まぁ,アンさんが嬢ちゃんの秘密を守ると誓えば成立や。基本的にはな」

「そのくらいなら,問題ない」

「ほな,声に出して(ちこ)うてもらおか」

「えーっと,天乃(あまの)慎は,水無月(みなづき)風華の秘密を守ると誓います」

「ほな,誓いのキスを」

「――……」

「ふぇ?」


 天乃(あまの)は絶句し,水無月(みなづき)は変な声を出している。


「どうぞ」


 天乃(あまの)には,『虚空の旋律(コクウノシラベ)』に顔があればおそらくあのニヤニヤ笑いをしていたであろうと推察できた。


「ちょっと待ちなさいよ。聞いてないわよ,そんなの」

「諦めろ,水無月(みなづき)。こういうやつだ,コイツは」


 そう言って,天乃(あまの)水無月(みなづき)(おとがい)に手を伸ばし,そのまま水無月(みなづき)の顔を天乃(あまの)の方に向ける。


「ちょっとアンタも何で普通に乗り気なのよ。おかしいわよ,絶対」


 水無月(みなづき)は顔を真っ赤にしながら抵抗しようとするが,上半身はピクリとも動かなかった。


「こら,バカ本! アンタ何アタシを拘束してんよ。放しなさい。

 天乃(あまの)も! もし勝手にしたらどうなるかわかってるでしょうね!」

「落ち着け。要は,オレがオマエにキスすればいいんだ。

 ()()()()()()()()


 そういって,天乃(あまの)は屈みながら,水無月(みなづき)の額に口を付ける。

 水無月(みなづき)は顔を真っ赤にしたまま,その場にへたり込むように膝をついていた。



「なんや,少年。せっかく美少女とキスできるチャンスを自分で捨ておってからに。

 つまらんのぉ」

「美少女ってのは否定しないが,オマエに踊らされるのが,1番むかつくんだよ。

 それで? 誓約(オース)は成功したのか?」

「多分な。なんせ,ワイも初めて使(つこ)うたからな。

 まぁ,ちぃと実験せんとあかんやろな。なんか嬢ちゃんの秘密をしゃべってみぃ」


 天乃(あまの)は少し考えると,


「……今日の下着の色は青っぽい――」

「『我,汝に伏臥を命ず(しね)』!」


 そのまま顔面から地面に激突する。


「サイテー! ほんとサイテー!!」

「今回はちょっと痛かったぞ。まぁ待てよ,水無月(みなづき)

 オレは秘密の範囲がどこまでを指すのか検証してみたくてだな」

「それでもいきなりゆう!? さっき無理矢理キスした女の子の下着の色とか!?」

「それは……配慮に欠けてましたごめんなさい」

「それに,場所の指定がないならあんな紛らわしいことしないで手の甲とかにしなさいよ!」

「それは,そうだな。思いつかなかった」

「あははは,少年。結構おもろいやん,自分。

 なんや,ただの真面目君ってわけでもないんやな」

「検証したかったのは本当だ。だが,まずは本命からいくべきだったな。

 水無月(みなづき)風華は――――――。だめだな。言葉が出ない。

 ――――って言おうとしただけなのに」

「成功してるみたいやな。ほな,後は若いお二人に任せて,ワイはもう黙っとくんで」




「――それで? 何かゆうことはないの?」

「いろいろと調子に乗ってましたごめんなさい」

「まぁ,いいわ。それで今回の件は許すことにする。だから2度と蒸し返さないように」

「了解」

「とりあえず,アンタを雹霞姉(ひょうかねぇ)のとこにつれていくわ」

「あぁ,病院の先生の話だと,水無月(みなづき)って人が迎えに来る予定だったとか。それがオマエのお姉さんだとはな。世間は狭いよな」

「……そうね。じゃあ,ついてきなさい」

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