朱色の双つ花
この街のどこよりも太陽に近い場所に、少女が二人。
背中合わせの十メートル。片方は天を見上げ、もう一方は大地を見下ろす。不躾な正午の太陽がコンクリート製の狭い世界を灼いていた。
「ねぇ、怖い?」
「怖いよ。知ってるクセに」
瓜二つの顔が、目も合わせずに同じ声で語り合う。虚ろな目は何もかもを見通すようであり、何も映そうとはしない。ただ、見えないはずのお互いの顔だけが瞳の奥のどこかに共鳴し続け、その表情を陰らせる。少女たちは、疲れていた。
「でも、私が望んだことでしょう?」
「知ってるよ……誰よりも、私がね」
見下ろす少女の足元数十メートル。道を歩く故も知らない他人──それは、人ですらない何かたち。少なくとも、少女にとってはそうだった。どこへ行こうと理解されない彼女は、片割れの少女以外を、自分と同じ人間と認めることが出来なかった。
最期まで伸ばせなかった髪。「もう一人」に少しでも近づくのが怖かったから。どれだけ追いかけても、あの子には決して届かない。姿かたちをどれだけトレースしても、追いつけない絶対的な「何か」がある。比べられることが怖くなくなるために、別人を目指した。言い訳作りのために、少女は自分を作り上げた。凡人として、片割れの影と偽って。
「どうして、こうなるんだろう」
「それを知っても、もう何も変わらないよ」
見上げる少女の上燦燦と輝く太陽。誰もいない空──遠い遠い、遥か彼方が好きだった。そこに彼女を不安に苛む誰かはいないのだから。どこへ行っても誰かに愛されてしまう彼女は、片割れの少女以外の傍で安らぐことが出来なかった。
最期まで切り落とせなかった髪。少し化粧を変えただけ、少し似合わないコトを言ってみただけ。たったそれだけで、少女は好機の目と棘のある言葉に刺された。演じ続けなければ、存在すら認められないほどに。もう、一人の個人に戻れなくなってしまったから、少女は自分を作り上げた。偶像として、片割れの光と偽って。
「誰が悪いわけでもないのにね」
ぽつりと世界に落っことした一言が、揺らめく下界に辿り着く前に風に掻き消されていく。演じ終わった影を脱ぎ捨てて、晴天の照り付ける虚空へ投げた。焼け爛れたアスファルトの上の汚れた空気の中に、紛れていく。
「誰の為でもないのにね」
ふっと一人、自分に投げかけた言葉が、空の彼方に辿り着くことも叶わず虚空に紛れて消えた。演じ終わった光から抜け出して、不躾に澄み渡った空へ浮かぶ。いつの日か、誰かに侵食されるのかもしれない空へと、心を送る。
光だろうと影だろうと、人だろうと物だろうと。少女にとっては何も変わりはしない。同じ顔、同じ声、持っているから分かり合えることがあって、持っていれども分かり合えないこともあって、全く違う生き方を強いられて尚、二人だけの世界は成立していた。
その感情は名付けにくい何か。日記に書き連ねた思い出が唐突に陳腐になっていくように、形をつけて名前を付けてしまえば、その最も大切な部分が失われてしまうような何か。脆い、儚い、いつだって失う一歩前にあるようなそんな何か。
──それでも。
「多分、良くないことなんだろうね」
「他に手段も知らないんだもの、仕方ないよ」
目を合わせずともお互いの表情は悟りつくしている。髪型を変え、服装を変え、生き方をずらしても尚追いかけてくる片割れを、何度恨んだだろう。自分と似ても似つかない、自分とそっくりな少女に、どれほど苦しめられたことだろう。ただ、今は知っている。お互いがその苦しみと痛みを存分に感じたこと。数えきれない数の涙を、同じだけ零していたことを。
目を拭う袖を貸し合いながら、やっとここまで上ってきたから。
「じゃ、行こうか」
「そうだね、行こう」
せーの、でお祈りしながら同時にフェンスを蹴る。心に刻んだ文字に、一画たりとも違いはない。示し合わせる間でもなく、通じ合った相手の為に。そして、自分の為に。叶うかどうかなんて、考える暇もないままに。
閉じられた瞳に浮かぶのは、自分ではなくて片割れの顔。そっくりで、まるで違って、恨めしくて、妬ましくて、誰よりも愛しくて、守りたくて、守られたくて、怖くて、おでこをくっつけあって泣いて、幾つもの夜を一緒に耐えた、お互いの顔。だから、身勝手にお願いした。
──次は別々の場所で産まれて、きっとどこかで会えますように。
太陽を境に、二つの朱い花が咲く。美しく、ただ、美しく。