帰投命令
ガンガンガン。
閉じられていた扉が激しくノックされる。王城三門の閉門報告に続く急使が、息つく暇もなく飛び込んできた。
「申し上げます。先程、近衛兵団長ゼファー様より、各守護騎士団の団長、副団長は至急登城せよとのご命令です」
ガゼル副団長は、ゆったりとその登城命令を聞いていた。
「あいわかった。すぐに支度をしよう。伝令、ご苦労じゃったな」
「いえ、まだ伝令がございます。各騎士団の全隊員は各騎士団宿舎に帰投し、別命あるまで待機せよとのことです。」
今、東門騎士団では、7番隊から9番隊がスクランブル待機状態なので、ほとんどの隊員が宿舎にいる。1番隊から4番隊が、α隊の捜索に向かっている。さらに、5番隊と6番隊は、街道の封鎖に向かったはずだ。
「ふむ…全隊帰投命令じゃな。宿舎から出ておる隊に伝令が必要じゃわい。悪いが8番隊に伝令の指示を出しておいてくれんか?」
「かしこまりました」
キリッと敬礼をして、急使を担った剣士は次の伝令に走っていく。
「ガゼル副団長」
ランド隊長が、その碧い目をガゼル副団長に向けている。
「命令に不服なわけではないのですが…このタイミングで全隊帰投命令は、危ういように感じます。α隊が発見されてもいないこの状況で全隊待機に入ると、街道は封鎖できなくなります」
ランド隊長は、右の人差し指を右の瞼にあてながら話した。ランド隊長がいつも思案にふけるときくせだ。
「わかっておる。じゃが、ゼファー団長からの命令ということは、各門騎士団の団長も了解済みということじゃろう。そもそも、ケビン団長は登城しておるんじゃしな」
「あるいは、α隊の正体がある程度わかっている可能性もあります」
雪斗は難しい顔をして言った。
「それは、どういうことだい?」
「はい。このタイミングで全隊待機ということは、全兵力をいつでも使えるようにする準備とも考えられます。その場合、その兵力を投射する対象にある程度目当てがあるのでは…と」
「なるほど。雪斗はこれから大規模な戦闘が起こると予想しているわけだね。それも、春桜国の騎士団を動員するほどの」
「そうじゃのう…今はなんとも言えんが、可能性の一つとして心にとめておくだけでも、いいわいな」
ガゼルは話をそこでひきあげ、両隊長に各隊に戻って指示をするように言った。
その道すがらさらにランドと雪斗の話は続いていく。口火を切ったのは、ランドだった。
「雪斗」青い瞳が雪斗をとらえる。
「なぜ、大規模な戦闘が起こると思ったんだい?」
「それは、勘というか…。百合夏王国は戦準備に余念がないという話を酒場で聞いていたので」
「それは私も噂で聞いていた。何でも新しい特殊部隊ができたとか」
「新しい部隊…ですか?」
「そう。騎士団として運用するには兵力は少ないが、少数精鋭の部隊らしい」
「どんな部隊なんでしょうね…」
「これはあくまで噂だけど…その部隊は空を駆けるという」
「空を…駆ける?」雪斗の顔が歪む。それは…。
「そう。どうやら特殊な畏魔呪だ。ゼファー団長のように…」
それは、百合夏王国にもゼファー団長とおなじような畏魔呪をもつ騎士がいるということだろうか。
「雪斗、あくまで噂さ。ゼファー団長と同じ畏魔呪だと決まったわけじゃない。そもそも特殊部隊ならその力はあくまで機密事項なはずだからね」
「そうですね…。それに、空を駆けると言っても弓矢をお見舞いしてやればいいですしね」
「ははは、そうだね。でも、ゼファー団長には、弓矢は効かない。重力を操るんだからね…」
沈黙。しばらくはお互いが思案しながら歩を進めた。
そのうちに、ランド隊長の7番隊舎が近づいてきた。
「じゃあ、あとで」
「はい。失礼します」
雪斗は一人、9番隊舎の短い道を歩きながら考えた。空を駆ける部隊…一人ではなく何人かが空を飛ぶ。そんなことゼファー団長にも可能だろうか?畏魔呪の有効範囲は、その使用者の熟練度にもよるが、有効範囲を広範囲に保ちながらの戦闘は負担も大きい。しかも、それは空を飛ぶ一人一人が自由に飛ぶのではなく、一人の熟練者が飛ばしている。そんな部隊が目的の場所への強襲以外に脅威になるのか。
気づけば、9番隊舎の前だった。雪斗は、溜息を一つ吐いて9番隊舎の扉を開いた。