火種
会議室には、ランド隊長が一人で円卓に座っていた。ガゼル副団長の姿は見えない。
ランド隊長は、騎士団の中でも一際目立つ存在だ。190センチほどの長身は均等がとれ、惚れ惚れする偉丈夫であり、髪は短い金髪で、青い瞳がクールなイケメンである。噂によるとファンクラブまであるらしい。それに関しては、かなり羨ましくはある。
ランド隊長は、微笑みながら隣の椅子に座るように顔と視線で促した。
「雪斗、遅かったな」身体をやや斜めに向けてランド隊長は言った。
「すいません。説明に手間取ってしまって」
「いや、責めていないさ。8番隊は9番隊と合同訓練や合同任務が多かったからな。小隊長たちの動揺は他の部隊より大きいだろう」
「はい、ありがとうございます。個人的な親交があった小隊長も多いので、やはり動揺は大きかったです。それに、我々は一度、現場にも立ち寄っているので気になることもあって…」
「そうか…隊長会でガゼル副団長と話していたな。気になることとは何だ?」
こちらから水を向ける必要もなく自然と話の方向が、事件の方に向いてきた。
「実は…」ケインとの会話の内容を伝えると、ランド隊長は思案するような表情になった。
「なるほどな…。それは確認する価値はありそうだ。考えたくはないが、この東門騎士団の中に内通者がいる可能性もある」
ランド隊長はそう言うと立ち上がり、ついてくるように身振りで促した。会議室から出ると、廊下で見張りにあたっていた剣士に、すこし会議室から席をはずすことと何か連絡があれば、ガゼル副団長に報告するように指示した。その後二人が向かったのは、医療隊舎だった。医療隊舎は、ツリーハウスから最も近くに位置しているので、移動に時間はかからなかった。
「ランド隊長、医療隊舎でどうするおつもりですか?」
「ロビン団長から出動を命じられたときの様子を聞こうと思ったのさ」
二人は医療隊舎に着くと、ロビン団長から出動命令を受けたときに居合わせた隊員と面談したいと申し出た。対応したのは、栗色のセミロングの髪を一つ結びにした、マリーという女性隊員だ。
「ロビン団長からの出動命令を受けたのは私です。今日は、ここで案内の任務にあたっているので」
ランド隊長がマリーに話しかける。
「そのときのロビン団長は、一人だったか?」
「いえ…たしか、若い男性が一緒でした。剣士の方ではなくて一般の方のように見えました」
「その若い男の特徴は覚えているか?」
「特徴…ですか…あっ、麦わら帽子を持っていたと思います。そうだ、あと、汗をたくさんかいていたように思います」麦わら帽子は、農夫の親父さんも持っていた。
「ランド隊長。その若い男は、詰め所に知らせにきた農夫の息子のような気がします」
「そうだな…だが、その二人の身元を確認した方がいいな。マリー、その麦わら帽子の男の身元はわかるか?」マリーは難しい顔になった。
「そこまでは私には分かりかねます」
沈黙。
「もし、この二人が親子であると仮定するならば、雪斗が詰め所にいたときに知らせにきた農夫を辿れば必然的に二人につながることになるな」確かに、その仮定が正しければ、農夫の親父さんの住所を確認すればいい。通常、詰め所に訪れた者は日誌に、名前、要件、住所などを記録されるはずだ。
「では、人を出して四季通りの詰め所の日誌を確認させてきます」
「そうだな。では、雪斗にその件は頼む。あとは…マリー、ラルフに面会はできないだろうか?」
「申し訳ありません。重症患者への面会は、基本的には…」隊長から言われれば、断わりにくい。マリーは、上目遣いにランド隊長を見つめた。
「そうだな、悪かった。ラルフの様子がずっと気になってな。もし、意識が戻ったら、隊長室に知らせてくれ」
「わかりました。面会制限が解除されたら、すぐにお呼びしますね」
二人はマリーに礼を言って、会議室に戻ることにした。その道すがら、剣士の一人に至急、四季通りの詰め所にある日誌から今日の分を写してくるように命じる。そして、二人は会議室に戻った。
会議室には、ガゼル副団長が窓から忙しく働く、剣士たちを見下ろしていた。
「おぉ、二人ともどこに行っとったんじゃ。この非常事態に」額に皺を寄せながらガゼル副団長は振り返る。ここは、自分から理由を話した方がいいだろう。
「すいません、ガゼル副団長。実は…」理由を話そうとしたその時だった。一人の剣士が足をもつれさせながら会議室に飛び込んできた。ノックを省略するほど急いでいる。
「も、申し上げます。私は、第5番隊所属のノームです。先程、街道封鎖任務にあたっていた際、南門から北東の国境に向けての街道約8キロ先付近で、武装した軍勢を確認。その数、およそ千」
「な、なんじゃと?旗印は?」
「ひ、柊の紋章だけはかろうじて確認できました」柊の紋章が入った旗ということは。
「柊冬王国か」三人が叫ぶ。
「なぜじゃ、国境警備にあたっている重桜騎士団から何も報告はなかったはずじゃ。重桜騎士団との連絡はどうなっとるんじゃ?」
春桜王国には、王都を守護する守護騎士団以外にも、国境や領地を守る騎士団がある。重桜騎士団は、
北東にある柊冬王国との国境を守る騎士団だ。守りに秀でた騎士団として知られている。
「た、只今、ウイリー隊長の指示で国境の重桜騎士団に向けて問い合わせの伝令が出ております」
「それにしてもこれは…どういうことなんじゃ。α隊とは柊冬王国の先発隊じゃったのか?」
「ガゼル副団長、宣戦布告が出ていないのにそれは妙です。しかも、たった千の軍勢で…。これは…」
「罠かもしれないと言うことだね?雪斗?」ランド隊長も同じことを考えていたのだ。
「そうです。とりあえず、南門騎士団が主に街道方面を担当しているので、連絡をとる必要がありそうですね」
「そうじゃの。早速、城の方と南門騎士団宿舎の方に、人をやろうかの」ガゼル副団長がそう言い終わるか終わらないかの刹那、新しい剣士が会議室のドアをノックした。
「失礼いたいします。ご報告です。先程、一ノ門が閉門いたしました。どうやら二ノ門、春桜門も同じように閉門されたようです。近衛騎士団団長のゼファー団長命で、三ノ郭警備にあたっていた剣士たちはそれぞれの守護騎士団に帰還し、別命あるまで待機とのことです」一同の顔が凍りつく。
「へ、閉門じゃと?一体、何が起こっておるんじゃ」災害時を除けば、四季大戦以来王城へ続く三門が閉じられたことはない、と聞いている。
一体何がこの国で起こり始めているのか?この火種はいったいどれくらい大きいものになっていくのか?
次に会議室のドアがノックされたのは、その報告を聞いて、ひと呼吸おいたところだった。
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