王国の騎士団
雪斗は慌ただしく第9番隊舎に駆けて行くと、さっそく小隊長を集めて隊ミーティングをはじめる。
執務室に小隊長筆頭のケインを含めた十人の小隊長がそろった。雪斗とともに連絡を受け、現場に急行したケインはだいたいの状況が呑み込めているらしく、終始表情が硬い。
「全員そろったね?ロビン団長から第二種警戒態勢の命が出ているので、深刻な事件が起こったことはたぶん予想できていると思う。まず何があったのか説明する。帝王桜から北北東、約3キロの地点で8番隊の圏内巡視中に戦闘になり、全滅した。現時点で8番隊を襲った勢力が不明なため、これからこの勢力をα隊と呼称する。α隊との戦闘により…圏内巡視中だった正剣士6名が死亡、ラルフ隊長は意識不明の重体だ。」
小隊長たちの顔から一気に表情が消えた。詳しい状況を知ったケインが険しい表情のまま手を挙げる。
「雪斗隊長、その中には、ジャックも含まれているのでしょうか?」
ジャックとは、8番隊の小隊長筆頭でケインとも顔なじみだ。若い隊長に仕える小隊長同士、他の隊の小隊長よりも交流が深かった。
「…残念だが、報告によるとジャックもその中に含まれている。ラルフ隊長と同じタイミングで医療隊舎に運ばれて、正剣士の中では最後に死亡が確認されたらしい」
「…そうですか。では、8番隊の指揮は誰が執られているのですか?」
「臨時にロビン団長が執られている」
「わかりました。お話の腰を折りすいませんでした」
ケインは暗い表情のまま、顔を伏せる。話のタイミング的にも今回、殉死した小隊長6人の名前を紹介した。
「みんな、小隊長同士で交流があった剣士もいるだろう。気持ちもわかるが、我々には我々のできることをしよう。そして、α隊をつきとめて必ず報いを受けさせよう」
10人の小隊長は雪斗を見つめたまま、静かに会釈する。
「では、これから9番隊の任務を指示する。今回、我々はこの東門騎士団宿舎を拠点としてスクランブル待機となる。第一に命があればすぐに出陣できるよう、各隊準備に入れ。第二に、東門守護に就いている剣士の応援を各隊から2名ほど出せ。α隊の狙いが分からない以上、春桜城に近づく恐れがある。絶対に春桜城に入れないよう、警戒レベル5で守護任務にあたれ。不審な人物がいればすぐに騎士団隊舎に知らせるように。」
春桜城に街から入るためには東門、南門、西門を入った後、一ノ門がある。この東南西門から一ノ門までを三ノ郭。一ノ門をすぎると二ノ門がある。一ノ門から二ノ門までを二ノ郭。二ノ門をすぎると城が目の前に迫る春桜門。春桜門から上を主郭という。東南西門から春桜城まではなだらかな丘になっていて、帝王桜とまるで一体となるように春桜城が起立している。一ノ門から春桜門を守るのが、近衛騎士団。近衛騎士団は、東門騎士団、南門騎士団、西門騎士団から毎年人事異動という形で剣士をだして編成されている。それぞれの騎士団には、特色があるので近衛騎士団は、まさにそのミックスとなりもっともバランスのとれた騎士団といえる。ちなみに東門騎士団、南門騎士団、西門騎士団、近衛騎士団はそれぞれ約千人の剣士で構成されている。その中でも近衛騎士団の団長、通称、万有剣のゼファーは他国でも有名人だ。各守護門騎士団から異動してきた、個性溢れる剣士を束ねる人望と絶対的実力を持っている。
ゼファー団長の剣位は極剣。雪斗の剣位は真剣だが、その上の闘剣、さらにその上は、敬意をこめ、その剣士の特徴を表す剣位名を四季王から賜る。この時点で、王国に存在する騎士団の団長に就任した時点で剣位はさらに上の司剣となる。守護騎士団交流戦で司剣士全員から白星を取り、なおかつ過半数の推薦を受けた剣士が司剣士のさらに上の天剣。さらに、四季王から絶対的な実力が認められ、厚い信頼を受けた剣士が極剣。さらに、四人の四季王から全員一致で認められた極剣剣士が剣聖となる。ゼファー団長は、この春桜国で剣聖にもっとも近い剣士であり、国を代表する剣士でもある。だから、近衛騎士団への異動は、剣士にとっては基本的に好意を持って受け止められている。
万有剣が示す通り、ゼファー団長は重力を操る。基本的に畏魔呪は、風、熱及び火、冷気の3種類がある。畏魔呪が使える者は、だいたいこの内の一つの力を生まれながらに持っている。たとえば、雪斗が風、ラルフが火というように。しかしながら、この3種類以外に、固有な畏魔呪が存在する。その特殊な畏魔呪は、何種類あるのか、どんな人が使えるのかは、まだわかっていない。また、どんなきっかけで能力に開花するのかもわかっていない。
「何か質問はあるか?」
ゆっくりと小隊長たちを見まわす。一通り小隊長の顔を見まわしたあと、雪斗は小さく頷いた。
「俺は、隊長室にランド隊長と待機しているので、何かあったときには知らせるように。解散っ」
危急の際は、東門騎士団を見晴らすことができる、ツリーハウスの隊長室が指揮所となる。それぞれの小隊長が小走りで執務室から出ていく中、ケインがゆっくりと近づいてきた。
「雪斗隊長、私は今でも信じられません。あのラルフ隊長とジャックが…」
「それは、俺も同じさ。でも、現場はケインも確認しただろう?あんな…」
「そこなんです。私が納得できないのは」
キリッとした真摯なブラウンの瞳が、雪斗の瞳を見つめている。雪斗も一気に表情を引き締めて先を促す。
「どういうこと?」
「つまり、突発的な戦闘にも関わらず、あまりに救急部隊の対応が早いということです。我々は四季通りの詰め所に立ち寄ったときに、農夫から事件の一報を受け取りました。そうですよね?」
「そうだね。かなり急いで知らせてくれたようだったな」
「民間の発見者からの一報が入ったのが、現場から最も近い四季通りの詰め所だったわけです。それにも関わらず、現場に向かった我々が目にしたのは、負傷していた剣士一人。残りの剣士はすでに東門騎士団に移送されていた。」
確かに、現場から最も近い騎士団の拠点は、四季通りの詰め所だ。次に近いのが、東門騎士団宿舎。
「でも、別の発見者があの農夫の親父さんよりもはやく、東門騎士団宿舎に知らせに行った可能性も十分にあるよ?」
情報を確認したわけではないので、可能性の議論になる。
「そうですね…」
お互いが思案するために、無言の空気が流れる。それを打ち破るように、ケインが沈痛な表情で顔を上げた。
「雪斗隊長…。我々は上官の命令は、絶対という戒を守ってきました。これからも、これを守っていくことに疑問の余地はありません。しかし、今回に限っては一応、情報の出処の確認はしておいた方がいいような気がします。我々も現場に急行したわけですから、最後まで確認する責任があると思うのです。私は隊長と違い、一小隊長です。確認のしようもありませんが…。雪斗隊長なら、情報の裏付けをとることができます。隊長室で調べていただくわけにはいかないでしょうか?」
一つの中隊を預かる者とそうでない者では、得る情報の量も質もまったく異なる。ましてや、その情報の入手のしやすさは、雲泥の差だ。ケインが情報の裏付けを頼むのも、もっともだった。
「わかったよ。9番隊の誇る若き参謀ケインがそこまで言うのなら、可能な限りあたってみるよ」
他ならぬ筆頭小隊長の頼みだ、断る理由もない。また、自分自身も信じられない気持ちはあったのだ。
笑顔で請け負う。
「それは、勿体無きお言葉。恐悦至極でございます。」
ウインクしながらケインも応えた。実際、ケインとすごす時間が増えれば増えるほど、剣の腕も頭の冴えも小隊長の中では抜きん出ていることを嫌でも知ることになった。真剣士になり、第9番隊を指揮することが決定したとき、ロビン団長から直々に小隊長としてつけてもらった部下がケインだ。
「雪斗隊長。我々、守護騎士団は、何が春桜王国のためになるかを一番に考えて行動すべきだと思うのです。私は、そのためにならどんなことでもやるつもりです。それが…真の王国の騎士団だと信じます」
ケインはそう言うと、敬礼をして執務室を駆けて行った。
雪斗は執務室から出ると、廊下を駆けていく部下の背中を見送りながら呟く。
「王国の騎士団…か」
よしっ。まずは情報を集めよう。7番隊のランド隊長なら、何か別の情報を持っているかもしれない。
雪斗は、宿舎のツリーハウスに向けて足早に歩き出した。
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