風
この東門騎士団宿舎は、まさに東門と一体となっているかのように建っている。騎士団というだけあり敷地面積も広大であり、ツリーハウスも春桜王国では、十本の指に入るほどの威容を誇る。その敷地には、馬場や倉庫、鍛練場などの他にそれぞれの隊が集まる隊舎がある。隊舎には、それぞれ1~10の番号がふられている。1番、2番隊舎はアレン隊。3番、4番隊舎はアレックス隊。5番隊舎はウイリー隊。6番隊舎はゴドフリー隊。7番隊舎はランド隊。8番隊舎はラルフ隊。そして、9番隊舎が雪斗隊となっている。本来なら、隊長がもう一人必要だが、適任者がいないときは今のように他の隊に団員を割り振ってしまう。それぞれの隊舎は、百人から百五十人は収容できるようになってはいるが、少し窮屈というのが現状だ。今の東門騎士団では、アレン、アレックス両隊長が率いる四百人は、そのまま団長、副団長の直轄部隊として機能している。他の五つの隊は、遊撃隊となったり、突撃隊となったり、状況に合わせて編成されていく。将来的に隊が十になれば、5番~10番の隊が百人になり、より編成バリエイションが増える。隊には隊長を除けば、最低十人の正剣士いる。それぞれの正剣士が、並剣士と見習いを十人ほど受け持ち、小隊をつくっている。小隊が十隊集まって、中隊。つまり、雪斗隊やラルフ隊となる。
ちなみに、この東門騎士団の剣士の剣位は、ロビン団長の司剣を頂点に、ガゼル副団長がその下の剣位、剛剣。アレン、アレックス両隊長がまたひとつ下の闘剣。残りの隊長は全員またまたその下の真剣。闘剣のひとつ上の剣位は、その剣士の特徴をとらえてつけられる。ガゼル副団長はその剛剣の名がしめすように、力に任せた荒々しい剣を得意とする。闘剣士以上で名乗ることが許されるこの剣位を、司剣以上になっても尊敬を込めて使うことがある。
たとえば、ロビン団長は以前、舞踏剣のロビンと呼ばれていた。
剣位の昇段は、年に2回。春桜城で行われる、守護騎士団交流戦で実力を示せば認められる。司剣より上の剣位となると、天剣。
極剣。
剣聖。
特に剣聖は、過去にその剣位についた剣士は3人だけと言われている。
入団試験が終われば、もう少しで守護騎士団交流戦だ。
雪斗は、自分の隊舎となっている9番隊舎の小隊長室に入り、隊長会での連絡事項をそれぞれの小隊長に告げ終わったところだった。
「以上だけど、何か質問ある?」
ありません、という声を聞きながら、最後の指示を出す。
「では、十五分後に圏内巡視に出発する。巡視担当は準備にとりかかれ。待機組は、それぞれの小隊で三十分以内に準備作業にかかること。以上、解散」
慌ただしく部屋を出ていく小隊長たちを見送りながら、「さぁ、今日も頑張るか」と胸の中でつぶやく。圏内巡視に必要な道具は、9番隊舎内に全てある。特に、中隊長である雪斗には執務室が用意されているので、普段の業務に関わる道具はすぐに準備できる。さっそく、執務室に入り、必要なものを2つのザックに入れていく。地図、丈夫な縄、小さな火薬袋、火うち石、水筒、麻布、2日分の非常食、小さなフライパンと鍋、シースナイフ。シースナイフは、握りの部分に春桜国の精緻な刻紋が入っている。これは、中隊長に昇格したとき、国から贈られたものだ。デザインも質感も気に入っている。有事の際にすぐ、任務につけるようにたとえ圏内巡視であっても、この装備は規則できまっている。ぐぐっと重くなったズックを肩にかけた。そして、最後に120センチメートルほどの愛刀を帯剣する。この愛刀も中隊長に昇格したとき、四季王から下賜された。銘は守護騎士剣、真打。十字架をモチーフにした高強度の騎士剣だ。中世のヨーロッパで使われていた剣に似た形だが、刀身は白みを帯びている。いつも帯剣するときは、心地よい重みを感じる。ここまでで、5分ほど。馬場に向けて急がなければならない。執務室を出て25メートルほどの廊下を、玄関に向けて歩く。ちょうど第一控え室から、小隊長のケインが出てくるところだった。
「雪斗隊長、今日はよろしくお願いします」
ケインは、28歳。隊長の自分が、若いこともあり、9番隊は若い剣士が多い。ケインはそんな9番隊の中でも、小隊長筆頭格だ。がっしりした長身、短い黒髪を無造作にたてている。瞳は、黒く深い思慮の色が濃い。小隊長の中でも、もっとも頼りにしている一人だ。
「あぁ、よろしく。今日は東大通りからの、エトワール経由だね」
「エ、エトワール…。また、アレックス隊長ですか…」
「そうさ。この格好で、チーズケーキ20個頼むのは…慣れないね」
「に、にじゅう…。ご、ご苦労様です」
やや顔を引きつりながら、ケインは同情的な微笑みをうかべている。
「では、私もエトワールで妻に何か土産でも買って帰りましょうか」
「それはいいね。奥さんもきっと喜ぶよ」
そう、ケインは妻帯者だ。当然のことだが、騎士団には既婚者も多く在団している。その場合は、自宅から出勤してくる生活をしているのがほとんどだ。ただ、ガゼル副団長のように、騎士団が生活の拠点で、自宅には週に1度くらいしか帰らない人も少数だが存在する。ガゼル副団長いわく、騎士団を預かる責任ある立場の者は、有事の際にも迅速に働かなければならない、とのことだ。
「ケインが一緒に行ってくれるなら、少し気も楽になるよ」
「でも、私は20個も買いませんよ」
当然だ。
そんなことを話しながら歩いていると、もう馬場が視界に入ってきた。この東門騎士団の広大な敷地の中で、もっとも面積を占有しているのが、馬場だ。東門騎士団は、バランス型の騎士団で、徒歩と騎馬が半分ずつほどで構成されている。牧場のような馬場を進んでいると、8番隊と9番隊の圏内巡視にあたる面々がすでに準備を終え、待機している。北方面に行く8番隊は、全員が騎乗だ。南方面に行く9番隊は、全員徒歩。
「雪斗ぉ。遅いぞぉ」
馬上からラルフが叫んだ。ちなみにツリーハウス棟の大時計は、定刻5分前を示している。
残り200メートルほどの距離を、ケインと悠々歩ききる。
「今日は、たまたまラルフの方が早かっただけだろ」
馬上の友をうんざりした顔で見つめる。それにしても、ラルフはいつも明るいと感心する。いや、能天気でお調子者なだけか。などと考えていると、馬舎からロビン団長が出てきた。
8番隊は全員、馬から降りる。
「今日の圏内巡視隊が揃ったようですね。では、雪斗とラルフ、しっかり頼みますよ」
「了解しました」
見事な合唱で我々もロビン団長に答える。総勢十七人での敬礼。圏内巡視の前は、団長に挨拶をしてからの出発と決まっている。
「今日の圏内巡視は、ツリーハウス棟修繕のため、かなり小規模の部隊での任務になる。それだけに個々の実力が高い剣士を、二隊長は選出したはずです。その期待に応える意味でも、しっかりと任務を遂行して下さい。…それでは、各隊出発」
ロビン団長からの言葉を受けて再敬礼し、8番隊は馬上の人となる。9番隊は、雪斗を中心に十人がまとまる隊形となる。
「それじゃあ、ラルフ、夕方に」
いつもと変わらない挨拶で友を見送る。
「おう、今日も帰ったら麦酒で一杯やろう」
いつもと変わらない友の返事。
少しずつ歩を進める雪斗。
騎乗でさっそうと駆けていくラルフ。
そして、それを見送るロビン団長。
何か、胸騒ぎを起こしそうな風が一陣、そんな三人の間を吹き抜けていった。
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