隊長会
食堂に着くと、ラルフが盆に朝食を載せて、テーブルにつくところだった。すかさず声をかけてくる。
「おーい、雪斗。早く朝ご飯とってこっちおいでよ」
「先に食っててくれ」
言下に言って配膳コーナーに入っていく。
トロっとしたチーズがのっている、パリッと焼いたロールパン。温かい湯気を立てている春野菜とベーコンのポトフ。軽く塩をして焼いた新鮮な川魚。瑞々しいレタス、素麺のように千切りにした大根、薄く輪切りにしたキュウリを中心としたサラダ。そして、搾りたての牛乳を盆に載せると、ラルフの前の席に滑り込んだ。
軽く手を合わせ、いただきます。まずは、牛乳をゴクゴクと半分ほど飲む。。
「今日のスープは最高だね。特に玉葱とじゃがいも、ベーコンが下味のコンソメと完璧なハーモニーを醸し出しているよ」
相棒の、もはや定番となったセリフを聞き流しながらパンを頬張る。
「お前の最高は毎食だろ。もう聞きあきたぜ。もう少し、味に対する言葉のレパートリーを増やした方がいいんじゃないか」
と、こちらも負けずにいつものセリフを口ずさむ。
「そういえば、圏内巡視のコースどうする?」
「いつものように隊長会後に決めた方が無難だろ」
「それもそうだね」
隊長会は、毎朝の朝礼後にある打ち合わせだ。真剣士以上の剣士が集まり、昨日の申し送りや警備圏内の情報交換を行っている。真剣士以上の剣位になると、それぞれ約百二十から二百までの隊を持つことになる。闘剣士である、アレン隊長とアレックス隊長は、それぞれ二百人ずつの団員を統括している。そして、残り五人の真剣士で百二十人ずつの団員を統括する。つまり、東門騎士団は総勢約千人ということだ。はじめは、百二十人や二百人をたった一人で統括することに恐怖さえ覚えたが、人は慣れるものである。それに、有事以外では、百二十人や二百人がまとまって動くことは、訓練以外ほとんどない。今日の圏内巡視も、自分の隊から二十人ほどを連れていくくらいだ。
ラルフとお互いの剣筋について話しながら、肉汁のたっぷり染みたスープに舌鼓みをうちながら,柔らかい魚の身をほぐしていると、軽やかなカナリヤのような声が頭上から降ってきた。
「食事中でも精が出ますね、二人とも」
素早く立ち上がり、敬礼する。
「おはようございます、ロビン団長」
息がぴったりあった合唱となった。
「二人とも食事を続けて下さい。雪斗の隣、いいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
雪斗は、すかさず答える。
目下の団員とも、気さくに話したり食事をするのは、ロビン団長に限らず、東門騎士団ではいつもの光景である。上下関係があるといっても、それは絆にも裏付けされたものだ。
「二人とも今日は、圏内巡視の担当でしたね」
「はい。隊長会の後に担当を決めようと、先ほど雪斗と話していたところです」
団長やラルフは誰にでも、丁寧な言葉で話す。見習いたいと思ってはいるが、雪斗は雪斗らしいその話し方でいい、とういう言葉に甘えている。
「それはちょうどいいですね。実は隊長会で指示しようと思っていたのですが、今日の圏内巡視は、北方面をラルフ、南方面を雪斗にお願いしたいのです。どうでしょう?」
もちろん異論なんてない。担当圏内を、団長が指示することは珍しいことではないからだ。ちなみに、北方面は春桜城東門から北。南方面は東門から南の範囲だ。北方面は商店などが少なく、森が深くなっていく。南方面は商店が多くなり、人の往来も激しくなる。それでも、南門から真っ直ぐのびるメインストリート、桜通りに比べれば、人は少ない方だろう。
「承りました」
ラルフが答えると、続けてロビン団長が言った。
「それと、今回の巡視に連れていく団員は、できるだけ少なくお願いします。入団試験が近いので、ツリーハウス棟の点検と増築に人員が必要なので」
入団試験は城を守る東門騎士団、南門騎士団、西門騎士団がそれぞれ4月のはじめに行う。入団試験後に、新しい団員が入ってくるので、この時期に施設の点検などをするのは各騎士団ともに恒例となっていた。雪斗は、自分の隊の団員の顔を思い浮かべる。
「了解しました。隊編成は隊長会までに考えておきます」
ラルフもしばらく思案して、隊長会で連れていく人数を報告させてもらうと答えた。
「二人には悪いですが、よろしく頼みます」
そう言うとロビン団長を交えての、剣談議となった。
歓談しながらの朝食を終えると、ロビン団長は先に部屋に戻って行った。自分たちは今日の圏内巡視に連れていく団員について話をした後部屋に戻った。
8時の鐘が鳴る前に、会議室には、揃いの胴衣に身を包んだ、9人の剣士が円卓を囲んで着席していた。上座からロビン団長、ガゼル副団長、アレン隊長、アレックス隊長、ウイリー隊長、ゴドフリー隊長、ランド隊長、ラルフ、雪斗。まず騎士団の五戒が暗唱される。
一つ、弱きものを守る剣になることを恐れないこと。
一つ、四季王への忠誠心、民への奉仕心を忘れないこと。
一つ、上官の命令は完遂すること。
一つ、鍛練を怠らず、心身ともに清らかであること。
一つ、質素倹約に努め、民の模範となる生活をすること。
その後、団長からの一日の予定を指示される。今日から、入団試験に向けての施設点検に入ること。圏内巡視の担当以外はほとんどが点検作業にあたるようだ。
「圏内巡視の担当は…ラルフと雪斗じゃったな?何人連れていくんじゃい?」
太い声のガゼル副団長が言うと、二人に視線が集中する。はじめに答えたのは、ラルフだった。
「私を含めて七人の予定です。団員の剣位は全員、正剣士で編成します」
いつもよりも少ない人数になるのも、この時期なら当然なので、誰も疑問を挟まない。人数が少なくなるのなら、精鋭で隊を編成すればよいのだ。
「俺は十人でいこうと思います。剣位は正剣士二人、並剣士七人です」
少し手薄感は否めないが、猛獣が出てくる可能性がゼロではない北方面より、南方面は人間関係のトラブル対応のため、戦力より人手がほしい。
「大丈夫かしらん?その人数で喧嘩の仲裁とかできるの?」
このお姉言葉は、アレン姉。もとい、アレン隊長だ。言葉はお姉だが、オカマではない。…たぶん。言葉使いとは裏腹に、剣位通り腕もたつ。
「俺が正剣一人並剣二人と班になって、正剣一人並剣五人で二班つくっていけばいけると思います」
「そうねー…まぁ、雪ちゃんがいれば並が一人でも何とかなるわね。くれぐれも仲裁に入って当事者たちを怪我さしちゃダメよ」
アレン姉がウィンクしながら言うと軽い笑いが起きる。アレン姉は、不思議とその場をやわらかな空気にする、稀有な存在だ。それ以外に意見が出なかったので、圏内巡視についての隊編成は、承認された。
最後に、今日の団長と副団長の予定について知らされる。
「今日、私はグレン陛下に呼ばれているので城にのぼることになる。ガゼル副団長が団長代理となるので、何かあったら指示を仰ぐように。それでは、解散」
一人二人と会議室を後にする中、アレックス隊長、ラルフと偶然、一緒になった。
「雪斗、今日は巡視中になんか予定はあるんか?」
アレックス隊長ことアレックス兄は、なぜか関西弁だ。何でも、もともと春桜王国の出身ではなく、百合夏王国から移ってきたらしい。ということは、百合夏王国は、みんな関西弁なのかというと…それはなぞである。この世界は、春桜王国、百合夏王国、楓秋王国、柊冬王国の四大王国と小公国で構成されているらしい。らしいというのも、この世界にはまだ、正確な世界地図がないからだ。四大王国は、それぞれ国名にある神木を有し、神木を中心に首都を構成している。それには、いろいろと理由がある。一つは、一番の巨木である神木を中心に、回りに巨木が密集しているからだ。巨木の下に家を建て、その巨木にもツリーハウスを作っていく。雨が降っても雪が降っても巨木の周りにはあまり影響がないのも利点らしい。巨木がマンションのようになったり、複合施設になったりすることで、たくさんの人間が生活しているのが、このウォットなのだ。二つ目は、神木の不思議な力だ。神木を中心とする半径五キロ圏内は、不思議な結界があるようで、猛獣類は近寄ってこない。たまに、鈍い小型獣が迷い込んでくるくらいで、竜族はもとより、鳥獣族や大型の獣族はまず入ってこない。ラルフが巡視する北方向は結界限界付近なので、確率はかなり低いが、猛獣類がいる可能性がある。しかし、最近では猛獣類を見たという報告も入っていない。そんなわけで、神木の周りには人が集まり、首都になっていった。
「いや、俺はこれといって予定はないっすけど…まさか、何か買ってこいってやつですか?エトワールの焼き菓子とか…」
アレックス兄の水色の眼がいっそう深く輝く。
「わかっとるやないかぁ。ほな、頼むわな。これ駄賃やさかいとっときー」
そう言いながら、銀貨を5枚無理やりに握らせてくる。抵抗しても無駄とわかっているので、雪斗はしぶい顔でその駄賃なるものを受け取った。アレックス隊長は、かなりの甘党で圏内巡視にあたっている後輩によくスイーツを買ってこさせる。
「今回は何を買ってこれば、いいんっすか?」
「そうやな…。エトワールのチーズケーキでいこか?」
「了解しました」
エトワールは、チーズケーキがおいしいと街でも評判だ。よくカップルや女の子たちで賑わっている。そんな店内に、いかにも騎士団という出で立ちで名物のチーズケーキをテイクアウトしていくことには、今だに慣れないのだが。
「今回はいくつご希望でしょうか?アレックス隊長閣下」
「うむ、20個は買ってくるんやで」
「ぐえ」
20個…店内で注文したときの自分に集まる視線を、ありありと想像できてしまう。思わず、顔が歪んでいく。
「じゃあ、頼んだでー」
歪んでいる自分の顔には、お構いなしにアレックス兄は、スタスタと隊舎の方に歩いていく。はーっ…。
「くっくっくっ…」
ラルフの無情な笑い声に、殺気を当てながら睨みつける。
「いやっ、笑っちゃ悪いと思って我慢してたんだけど…くっくっ」
「なら、しっかり我慢しろ。むしろ逆効果になってるぞ」
まだ、笑いの余韻を引きずっている友を無視して、雪斗は隊舎方向へと歩いていく。
「おい、待てよっ。そんなにヘソを曲げるなよっ」
ラルフが、雪斗を追いかけるカシャカシャカシャという、具足の音が広い廊下に置き去りにされていた。
読んで下さり、ありがとうございました。週一で更新していきたいと思います。