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World Of The Tree  作者: 彩 智晃
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ウォット戦記~巨木とツリーハウスの国で~

大樹の葉に透かされた陽光が、それでもその力強さを失わずに閉じた瞼に届く頃、気だるい身体を引きずりながら、ベッドから上半身を起こす。

ベッドの横にある窓からは、心地よい朝の新鮮な風が、カーテンを微かに揺らしている。カーテンが頬を軽く撫でるまで、ぬるま湯のようなまどろみを楽しんだ。

水差しからコップ3分の2ほどまで、水を注ぎ、一気に干す。

手早くいつもの長袖シャツと七分丈のズボンに着替えると、洗面用具が入ったトートバッグを持って洗面所に直行する。

洗面所や食堂はツリーハウス棟にはつくることができないので、1階の管理棟まで降りなくてはならない。

このツリーハウス生活も、大分板についてきていて、スクランブル用の滑り木を使ってあっという間に降りていく。少し、肌寒い。

管理棟に降り、洗面所までの通路で同僚数人とすれ違い、軽い朝の挨拶の応酬をしながら歩いていく。

洗面所の扉を開けると、見慣れた後姿の先客が一人。

さっそく声をかける。

「よう。おはよう。今朝はどう?」

顔をタオルでガジガジ拭きながら、ラルフはまだ寝むそうな顔を向ける。

「おはよー。いつも通りネムネムだよ。非番の日が待ち遠しいね」

非番が待ち遠しいのは、大いに同意するところではある。

「今日は、圏内巡視の当番だろ。ということは、明日は非番になるんだから気合い入れて行こうぜ」

そう言いながら、顔を軽く水で洗い、石鹸を入念に泡立てる。

朝の洗面所での、一連のルーティンは、自分のペースで丁寧に行いたいと思っているので、込み合う時間をわざと外している。そう考えているのは、自分だけでなくコンビを組んでいるラルフも同じらしい。

十分に細かく、ボリュームのある泡が両手いっぱいにできると、それで丁寧に顔を洗っていく。手で顔を洗うのではなく、泡で顔が洗えているように丁寧に行う。髪の毛は短いので気にはならない。顔全体を泡で洗ったら、水で丁寧に泡を流していく。このときも、手で顔をこすらないように気をつける。こだわりの洗顔が終わり、タオルを取ろうとすると、絶妙なタイミングでタオルが差し出された。

「本当に雪斗は女子力高いよ」

ほっといてくれと、内心思いながらこれまた丁寧に顔を拭く。ラルフはというと、もう歯磨きも髭そりも終わり壁にもたれて、ニヤニヤしている。

「ラルフが雑すぎるんだ。そもそも、朝の行動で一日の…」

朝のルーティンにおける精神的安定についての持論を展開していく前に、ラルフがさっさと逃げていく。

「あっ、じゃあ、急ぐからまた食堂で」

ラルフは、脱兎のごとき速さで洗面所を出ていく。

さて、ここから歯磨きと髭そりだ。洗顔と同じように、じっくりと時間をかけて、歯磨きと髭そりを行うと少しずつ洗面所も混んできていた。最後に、慣れ親しんだ自分の顔をさっと観察して、今日も異常のないことを確認し、洗面道具をトートバッグに入れる。

バッグを持って洗面所を出ようとすると、熊のように大柄な身体が目の前に飛び込んできた。慌てて扉から飛びのき、壁を背にして道をあけ、姿勢を正し、騎士団特有の右拳を左胸にあてる敬礼で挨拶をする。

「ガゼル副団長、おはようございます」

ガゼル副団長は、剣位が剛剣で団長に次ぐ実力だ。この東門騎士団は、剣位が全ての実力集団というところが気に入っている。先に入団しようが後から入団しようが、剣位次第で上下関係ができている。

「相変わらず朝が早いな、雪斗」

ガゼル副団長には、入団したときから、何かと声をかけてくれて可愛がってもらっている。実力も剣位通りで、団員の面倒見もいいとなれば自然と尊敬も集まる。団長同様、騎士団員から熱烈に支持されている騎士の一人だ。今年で三十五歳。

「その日一日の良し悪しは朝に決する、というのが俺の持論です」

「そうじゃったな。その持論、理に適っていると思うぞ。がはは…」

そう言いながら、ガゼル副団長は、譲った道を通っていく。

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

頭を下げて、洗面所を後にする。管理棟からツリーハウス棟には、騎士団の木につけられた梯子や階段を登らなければいけない。もちろん、滑車のついた昇降機はあるものの、大きい荷物や、来賓用で団員は使わないことになっている。生活も鍛練の一つというのが、東門騎士団の信条だ。

ツリーハウス棟の28号室、そこが俺の部屋。ちなみに、東門騎士団では、剣位が真剣以上でないと個室ではなく、四人部屋や相部屋になる。はじめはみんな、個室を目指して日々の鍛錬に勤しんでいる。俺も四人部屋からスタートした。現在、個室を持っているのは、団長、副団長を含めて9人。真剣の剣位には5人。闘剣士の剣位に2人。一般的に、一番下の見習いから並剣士になるまでで平均3年。次の正剣士になるまでにさらに平均5年。後は実力次第で真剣士以上に昇格となる。入団から退団まで正剣士だった場合もざらにある。逆に、入団10年で既に、司剣士という場合もある。司剣士は、真剣士の3つ上、最上位の剣聖から3つ下だから、かなりの実力がないと叙勲されない。その司剣の剣位にあるのが、東門騎士団団長のロビン団長。二十八歳という若さで司剣士になり、そのときから東門騎士団の団長に任命されている。それから3年が経ち、今は二十八歳。ちょうど、雪斗と5歳差だ。

いつかは雪斗も司剣士に、とは思っているもののまだまだ剣の悟りがひらけるまでには、時間がかかりそうだ。

そんなことを考えながら、28号室まで戻り、トートバッグを本棚の隣にある棚にかける。

その時、カラーン、コローンと高い鐘の音が遠くから耳に届く。朝の7時を告げる城の鐘だ。城の方角の窓を開けると、まだ朝のひやりとした風が、少し大きくなった鐘の音とともに部屋に入って来て、濁った空気を入れ替えていく。空には雲は少なく、今日も好天気を期待させる空模様だ。城の方には、物理法則を無視した超巨木の桜が天に向かってそびえ立っている。下を覗くと、木の間を縫うように、市場からの帰りか、忙しく馬車を走らせる商人が何人か見える。まだまだ、人の行き来はまばらだが、コツコツコツと階段を登るように、一日がはじまっている。

雪斗は、眼下に広がる人々の生活に思いを馳せながら、食堂へ向かうため部屋を出て、滑り木に手をかけた。







ここは、巨木がひしめき合う木の世界、ウォット。

神木、帝王桜を戴く春の国、春桜国。

雪斗がこの世界に住み、5年の時が流れていた。



読んで下さり、ありがとうございました。自分の中の物語をマイペースで書いていきます。

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