1話 ~ツインピークス・ソルシエール~ 双嶺の魔女、あるいは爆乳の魔道士
――むにゅ、むにゅむにゅ……むにゅーっ!
なんだ? でかいマシュマロが顔に当たっているぞ。
「大丈夫だよ、気絶してるだけだ。お前のせいじゃないって!」
うーん……女の人が誰かと話す声が聞こえる。
確かいつものスライムの森で、何故かドラゴンに会ったんだ!
そう、ドラゴン…
って……
「ド、ドラゴン!!?」
「おっ、起きたな。だから大丈夫って言っただろ」
「あれ、ここは? あなたは? ドラゴンは……?」
えっと……僕はなぜベッドに寝ているんだ?
さっきまでスライムの森にいて、確かにドラゴンに出会ったはずなんだけど……
今は森の中ではなくどこかの部屋の中だ。
そして目の前には、飾り気のない黒いワンピースに、背中まで長い黒髪の、とても胸の大きな女性がいた。
「ここはオレの家で、オレはゾーイ、魔道士だ。巷じゃ“双嶺の魔女”と呼ばれてるらしいけどな」
そう言われれば、黒いワンピースは魔道士のものにも見えるし、部屋の中は魔道具店にいるかのように、怪しいものが飾ってある。
でも――
「なんで“双嶺の魔女”なんですか?」
「駆け出しの頃“双子山”に住んでたんだが、なぜか今でもそう呼ばれてるんだ」
えーっと……なぜかって、理由はその“おっぱい”だと僕は思うんですよね。
明らかに、目の前のゾーイと名乗る魔道士の一番目立つ部分は、その爆乳と言える“おっぱい”なのだから。
「それより、お前が寝言で言ってたドラゴンなら、お前の後ろにいるからな」
ああ、やっぱり。ドラゴンがいたのは夢じゃなかったんだ。
僕の後ろに……って
「ええっ!?」
振り返るとそこには、先程見た小型の被毛種のドラゴンが……
「ドッ、ドラ…ドラ……ごんっ!」
「そんなに慌てなくてもオレの使い魔だ。それにドラじゃなくて“ドーラ”な!」
なるほどね、使い魔なのね。
使い魔ならとりあえず襲われる心配はなさそうだ。
ドーラって、名前? もしかしてこのドラゴンはメスなのかな?
しかしドラゴンを使い魔にしてるとか、この女性はすごい魔道士なのか?
「そもそもフルールドラゴンは、人なんて襲わないけどな」
「フルールドラゴン?」
「なんだ知らないのか。フルールドラゴンは花のオーラを吸って生きている、ちょっと変わったドラゴンだ。花の精みたいなもんだな」
確かに体毛は紫の花のように美しく、角は木の枝のように見え、そこには花も咲いている。
よく見れば顔も愛嬌があるし、虎ほどの大きさを除けば、さして怖がるほどの事もない気もしてきた。
「さっきからずっと、お前の事を心配してたんだぞ」
「あっ……ごめんね、心配させて」
僕の言葉にドーラと言う名のドラゴンは微笑んだ、ように見えた。
「ところでだ! そろそろ自己紹介してもらってもいいかな?」
僕としたことが、名前も名乗っていなかった。
「失礼しました。僕の名前はフィル、冒険者をしています」
「はあぁぁ? 冒険者のくせにフルールドラゴンにビビって気絶したってのか!」
「あ、いや…それは……」
「しかし何だな、こんな森にも冒険者が来るのか。 引っ越しは失敗だったかな」
引っ越し?
毎日のようにこの森に来てたけど、そんな気配はなかったよな。
「この森はほとんど冒険者は来ませんよ。ここはスライム程度の魔物しかいませんからね」
「だろ! そう思ってここに引っ越ししてきたんだぜ。前に住んでた森は、冒険者が増えだしてウザかったんだよ」
なるほど、だからこの森を選んだのか。
「で、何でフィルはスライムしかいない森にいるんだ? もしかして初心者なのか?」
「あ、えーっと……僕はスライム退治専門なんですよ」
屈辱的な称号だけど、今はあえて使わせてもらおう。
「はあ? そんなんで成り立つのかよ! 報酬だって経験値だって微々たるもんだろ」
「まあ、そうなんですけど。 ……ところでゾーイさん、引っ越しっていつ来たんですか?」
誤魔化せ、誤魔化すしかない。
「さん付けはいらん、ゾーイでいい。 そうだな、2日ほど前だったかな」
よし、何とか話を逸らせたぞ。
「この森に家なんてなかったと思うんですが、ゾーイさ……いやゾーイはここに家を建てたんですか?」
家はなかった、それは確かだ。
家を建てたなら、毎日のように森に来ている僕が分からない訳がない。
魔道士ならそれも可能なのか?
「いや“家ごと”越してきたんだ」
「はい?」
「家ごとだよ。オレを何だと思ってるんだ? 魔道士だぞ。それくらい当たり前だろ」
いやいや、少なくとも僕の知っている魔道士に、そんなこと出来る人はいないぞ。
ちょっとハイレベル過ぎです。
「それにしても不思議なんだよな」
「何が不思議なんです?」
「何がって、フィル、“お前がここにいる事が”だよ!」
「え? どういう――」
「ここは結界が張ってあって、その辺の冒険者如きが気が付くはずもないんだよな」
いや、普通に気が付きましたけど?
「それに、結界に侵入するなんて、魔道士ですら無理なように作ったんだがなぁ」
いや、普通に家の前まで来ましたけど?
「引っ越したばかりで綻びでもあったかな?」
いや、そんなことを聞かれても知らないし。
「とりあえず結界は再構築したから大丈夫だろ!」
いや、だからそんなことを僕に言われてもね……
「まあ、入っちまったもんはしょうがねぇな! 幸い弱っちいみたいだし」
いや、実際そうなんですけど、本人を目の前に言うのは止めてもらえませんかね。
「せっかくだからお茶でも飲んでいけよ! たしかここにハーブティーがあったはず……」
ゾーイさん、いやゾーイはそう言って棚をガサゴソと探し始めた。
ここで断るのも失礼だろうから、一杯ご馳走になってから帰るとしよう。
「あれ? こっちだったかな? ええと、たしか瓶に……」
どうやらお茶っ葉が見つからないようだ。
どうしよう、帰るべきか?
「あったぞ! ちょっとその辺の物でも見て待ってろよ」
その辺の物と言っても、何か何やら……
辺りを見回すと、変わった形の剣が棚に置かれている。
「この剣、変わった形ですね」
「ん? ああ、それは“ニホントウ”とかいうやつだ……あれ? カップどこだっけ?」
「触ってみてもいいですかね?」
「ああ、いいぜ! やかんはどこだ?」
抜いてみてもいのかな? 触ってもいいんだから、いいよね!
「抜くと呪いがかかるが、オレが結界で封じてあるから抜けないしな! あ、あった」
「えっ? ……抜けましたけど…………」
僕の手には、抜身の“ニホントウ”が妖しく光っている。
「はああぁぁぁ? なんで抜いたんだよっ! っていうか、なんで抜けるんだよ!?」
だからどんなこと言われても……
いや、それよりも……
僕はたった今、呪われたって事?