09
その後しばらくした頃、タカハマ屋の店先にて。
いつものようにオカカとコンブを包んでもらってから、彼が急に悪戯っぽい目をしてこう言った。
「オジサンの声が好きだ」
「っ?」
一拍おいてから、オジサンは笑いだす。「唐突な愛の告白だねえ」
彼も同じように笑いだす。笑いながらもこう言った。「本気だよ」
うれしいねえ、でもまた急にどうしたんだ? そう訊ねると、ようやく笑いを収めて
「いつもそう思ってたんだ」
やや改まった口調で続けた。
「オヤジとね、何となく声が似ててさ……」
ちょうど駅方面からお客が駆けこんで来た。「すみません、タラコ三個と、それとね」
オジサンが目を離した、その隙に
「じゃあまた」
かすかな声がして、次に目を上げた時にはもう彼の姿は消えていた。
彼がタカハマ屋に寄るようになって、二年目に入った歳の暮れ。
窓枠に飛び込むように姿をみせた彼は、眼鏡の奥の目をいっぱいに見開いてこちらを凝視していた。おなじように、オジサンも目をみはる。
おはよう、どうしたんだい? と聞く前に彼の口から白い息とともに言葉が飛び出した。
「子どもが生まれたんだ!」
おめでとう! オジサンも叫ぶ。
「今日はお祝いにおごりだよ」
と味噌汁を二つつけてくれる。
「奥さんに持ってってやんな」
一瞬遠慮しようと彼は身を引いたが、オジサンの笑顔に釣られたのか、押し頂くように包みを受け取った。
「こうして聞いてくれるだけでもうれしいのに、お祝いまで」
「いいんだよ、ほんの気持ちだから」
「気持ちが嬉しいんだ」彼は大事そうに包みを抱え直した。
「社内だと、何か言い辛くてさ。もちろん総務には書類で伝えるんだけど、特務……同じ課の連中には話をしづらいんだよ、家族もちが少なくてね。仕事がら、何て言うか出張も多いし、その」
「危ない仕事が多いからなのかね」
オジサンが何気なくつぶやいたのが、一番的に近かったらしい、彼はびくりと身をすくめたが、すぐに素直に
「多分そうだ、いつ殺られるか、みたいな感じがあるからなのかな」
そう言って少し淋しそうに笑う。
「それに、同じ課なのに、まだあまり打ち解けた話をする相手もいないしね」
「孤独な商売なんだね、俺みたいに」
はは、と二人で顔を見合わせて笑う。
「かもね。オレも、もう少しがんばれる気がしてきた」
そう言って白い息を吐き切ると、彼は軽やかに走り去っていった。