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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第1章 ここは新横浜・タカハマ屋
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09

 その後しばらくした頃、タカハマ屋の店先にて。


 いつものようにオカカとコンブを包んでもらってから、彼が急に悪戯っぽい目をしてこう言った。

「オジサンの声が好きだ」

「っ?」

 一拍おいてから、オジサンは笑いだす。「唐突な愛の告白だねえ」

 彼も同じように笑いだす。笑いながらもこう言った。「本気だよ」

 うれしいねえ、でもまた急にどうしたんだ? そう訊ねると、ようやく笑いを収めて

「いつもそう思ってたんだ」

 やや改まった口調で続けた。

「オヤジとね、何となく声が似ててさ……」

 ちょうど駅方面からお客が駆けこんで来た。「すみません、タラコ三個と、それとね」

 オジサンが目を離した、その隙に

「じゃあまた」

 かすかな声がして、次に目を上げた時にはもう彼の姿は消えていた。



 彼がタカハマ屋に寄るようになって、二年目に入った歳の暮れ。


 窓枠に飛び込むように姿をみせた彼は、眼鏡の奥の目をいっぱいに見開いてこちらを凝視していた。おなじように、オジサンも目をみはる。

 おはよう、どうしたんだい? と聞く前に彼の口から白い息とともに言葉が飛び出した。

「子どもが生まれたんだ!」

 おめでとう! オジサンも叫ぶ。

「今日はお祝いにおごりだよ」

 と味噌汁を二つつけてくれる。

「奥さんに持ってってやんな」

 一瞬遠慮しようと彼は身を引いたが、オジサンの笑顔に釣られたのか、押し頂くように包みを受け取った。

「こうして聞いてくれるだけでもうれしいのに、お祝いまで」

「いいんだよ、ほんの気持ちだから」

「気持ちが嬉しいんだ」彼は大事そうに包みを抱え直した。

「社内だと、何か言い辛くてさ。もちろん総務には書類で伝えるんだけど、特務……同じ課の連中には話をしづらいんだよ、家族もちが少なくてね。仕事がら、何て言うか出張も多いし、その」

「危ない仕事が多いからなのかね」

 オジサンが何気なくつぶやいたのが、一番的に近かったらしい、彼はびくりと身をすくめたが、すぐに素直に

「多分そうだ、いつ殺られるか、みたいな感じがあるからなのかな」

 そう言って少し淋しそうに笑う。

「それに、同じ課なのに、まだあまり打ち解けた話をする相手もいないしね」

「孤独な商売なんだね、俺みたいに」

 はは、と二人で顔を見合わせて笑う。

「かもね。オレも、もう少しがんばれる気がしてきた」

 そう言って白い息を吐き切ると、彼は軽やかに走り去っていった。



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