08
「なぜそんなアンタ、郵便やさんが何でそんな危ない仕事に。こないだの話じゃないけどさ、けっこう危ないこと多いんだろう?」
「なぜ、ってこっちが訊きたかったよ、最初から」
「何で郵便やさん辞めちゃったんだよ」
「クビになったんだ」
オジサンは目をみはる。
とてもいい人そうに見えるのに、どうしてクビになったんだ? 使いこみの濡れ衣でも着せられたのか?
そう言ってやると、違うよ、と言いながらもくすぐったそうな笑顔をみせた。
だが、すぐにまた眉根をくもらせる。
「理由なんて解らないし、今でもどうしてこんな所に入ったのか、よく分かってないんだ。今のカイシャに紹介してくれた人がいてね、何となく試験と面接を受けに行ったら新年度からすぐ来てくれ……って」
「アンタ、優秀なんだよきっと」
「違うよ、それは違う」
一瞬、彼の表情に何か複雑な陰りが見えた。
ちょうど、店先で絡んできた少年たちについて後日訊ねた時と同じような、何かひっかかりを感じる目つきだった。
それでもすぐに柔らかい笑顔をみせて、こう続ける。
「覚えが悪いわりに新しいことが多いし、体力的にきつい訓練も山のようにあってずっとずっと尻を叩かれてるよ。こないだも、指導教官から『はいご苦労さま。そこで死んでるから、ホントなら』って言われたし、しかも三回も」
「それでも辞めないで頑張れたじゃないか、一年間」
そう励ますように言うと、笑顔が更に明るくなった。
オジサンは、うんうんとうなずいてみせる。
「すぐには良くならなくても、よくなることはたんとあるさ。ふんばればね」
「……そうかな」
「よくならなくても、よくなるだろう、って信じるのは自由だろ? それに誰かがきっとついているもんだ。アンタの近くにも、見守ってくれる人がいると思うよ。そういう人がいる限りはだいじょうぶ、必ずいつか笑える時がくるさね」
久しぶりに、誰かを相手にこんなにしゃべっている、オジサンはふと口をつぐんだ。
血が流れる、それは彼の仕事の中ではもしかしたらあまり珍しいことではないのかも知れない。
消防士が事故や火事の現場と切り離せないように、彼らは多分血の流れる現場にも飛びこむことが多いのだろう。
それは他の悪意や暴力に晒されるということに他ならない。
血と暴力の現場にはもう飛び込んでいけない、気持ちが優しいからこそのことばだろう。
彼は以前そう訴えていた。しかしそれでも逃げずにまた仕事に向かっていった。血や暴力への流れを止めるために。
真面目さゆえだろうか? 義務感とか、何かに追い立てられて? そうとは思えない。
彼はやっている仕事を、信じたいのだ。
必ず、やってよかったと思える日がくる、輝く日がくる、と。
影からでいい、応援してやりたい、急に溢れそうな思いが胸に押し寄せ、オジサンは咳払いでごまかした。
「まあ、がんばれよ」
それだけ言ってやるのが、精一杯だった。
それでも彼はうん、と大きくうなずいて駅へと向かって行った。