04
「おむすびだけじゃない。オジサンの顔を見たかった、そして声を聞きたかった、んだと思う。最初からね。
初めて見た時、オヤジの姿とだぶった。背格好とか、雰囲気が似ていたんだよ。こっちを向く時に少し眉を寄せるようにして目を細めてから、ぱっと目を見開くとことか、口をへの字に結んで考え考えものを言うのとか……端ばしがふと、オヤジと重なってね。
そして声も。低いようだけどよく響いて、声がとにかく似てたんだよ。
よく見るとね、全然感じが違ったんだけど。
それに、声だってよく聴くと違った。第一、オヤジからは『大丈夫』なんて言ってもらったことはない。話す内容から全く違ってたしね。
ずっと折り合いは悪かったんだ。物心ついてからずっとぎくしゃくしていた気がする。
六つ歳の離れた兄きのことはすごく可愛がっていたのに、オレのことはいつまでたっても小さな子どものように半人前の扱いをしているように感じてた。
何をしてもほめられた記憶がない。
殴られるまではいかなかったけど、高校生の頃学校をさぼったことが原因でケンカになった。掴みかかられて、引きずられた、その時は。
いつも、厳しい顔で小言ばかり。クズだとののしられたこともある。甘えた記憶もない。
急に倒れたって担任が伝えにきた時、体育の授業でバスケをやっていた。
大好きな授業の時に死にやがって、そうとしか思えなかった。
知らせに来た担任にも、
『行かなきゃならないんですか?』って聞いてしまったし。
死に目に逢えなかったのもまるで後悔していない……いないはずだったのにね。
今思うと……オレもガキだったから、ああいう大人の考えていることは全然分からなかったんだろうな。
六つ離れた兄貴とオレとは母親が違うし、オヤジが死ぬ前にはまた別のハハオヤがいたし、オレ、自分ほど恵まれてないヤツはいない、って思い込んでいた。だからオヤジの気持ちというのも、考えたことがなかったんだ」
心のどこかで、悔いがあったのかも知れない。彼のつぶやきを、確かにオジサンは耳にした。
わずかに煌めく瞳をみせて、彼がまたこちらを向く。
「オジサンのことを父親代わりに思っていたんだろうな。自分が償えないものを、逆に与えてもらっているような気がして、結局甘えていたんだろうけど。
オジサンさ、いつも優しいこと言ってくれただろう? おむすびを『はい二百万円』って渡してくれただろう? なんかものすごく暖かいものが流れてくる、それが自然にしみじみと伝わってきたんだ。
だからずっと甘えていたいと思ったんだろうな」
オジサンは黙って聴いていた。
「結局、支援ミッションでひどく吐いた後も、自分がリーダーになって初仕事をした時にも、似たような現場には何度も出くわしたし、自分も危ない目に遭ったりもした。
でも、どんな目に遭った後でも、ここに寄って店の前に立って、オジサンの姿が目に入ると、そんでもって声を聞くと、急に心の中の黒い塊が融けだしていくような気がした。ものすごく安心したんだ」
彼の言葉に、オジサンは何も返せずただ突っ立っていた。
何か言ったら、涙があふれそうだった。
「オジサンはオレにとってのソウルフードだ。いつも心を癒してくれる」
「……すまない、店をたたんじまって」
ようやく出た言葉に、彼は我にかえったように背を伸ばした。
「違うよ、オレは心からありがとう、って言いたいんだ」
そして、深ぶかと頭を下げる。
「今までありがとうございました」
「……頭、あげてくれよ」
オジサンは一歩前に出る。カウンター越しだったが、手を伸ばして彼の袖を掴んだ。
「こちらこそ、いつもありがとうな。それに息子のことも気にかけてくれて」
「そんな、オレはオレの勝手で言っただけだよ」
今度は彼が手を伸ばし、オジサンの手をそっと握り返した。




