03
「何?」
玄関先で冷たく出迎えた息子に、引越しの日が決まったことを伝えた。
「オマエの分の通帳、カアサンから預かってた残りだ」
その他、段ボール箱一杯分くらいの荷物を彼に渡すと、息子のハルオは特にありがたそうでもなく受け取った。少しお互い、黙っていたがオジサンは前置きもなく言った。
「オレが風邪ひいた時、オマエが飯炊いたことがあっただろう、ずいぶん昔」
「……」ハルオは何も言わなかった。頑なに手に持った箱をみつめている。
やっぱり、コイツはちゃんと覚えていたんだ、彼はハルオの手から目が離せない。
ああ、オレは今まで何を見ていたのだろう。そして、何に耳を傾けていたのだろうか?
あの時、確かに小さな彼は言ったのだ、
「トウチャンに、食べさせようと思って……」と。
「おむすびを作ってくれようとしたのに、気づかなかった……オレは本当に馬鹿なオヤジだった。オマエのいい所を、何にも見てなかったんだ。それまでも、それからもずっと」
黙ったままの彼に、深く、頭を下げる。
「ありがとうな、それと、本当にすまなかった」
ハルオはそれでも、下を向いたままだった。
「ハルオ、元気でな」
アパートの外階段を降り、駐車場に出ようとした時、息子の叫んでいるのが耳に入った。
「オヤジ、」はっとふり向くと、踊り場にハルオが立って、こちらにぶんぶんと大きく手を振っていた。
「オヤジ、靴下、右左柄が違ってる! よく見てはけよぉ」泣いているような声だった。
足元をみると、確かに、右は灰色、左に黒を穿いていた。
「分かったよぉ」彼もぶんぶんと手を振った。
「オヤジ、元気で」
最後は確かに、そう聞こえた。言葉を発した後も、白い息が彼の周りで踊っていた。
年老いた父親はぱたりと手を落とし、そのまま後ろを見ずに帰っていった。
話を聞き終えて、目の前の彼は、大きくため息をついた。
「そうか……会ったんだね」よかった、と何度もつぶやいている。
それからまっすぐ顔を上げてオジサンをみた。
「オレ、偉そうに言ってたけどやっぱり自分のオヤジとは上手くいかなかったんだ」
過去形で語っている。聞いてみると
「うん、もう随分前に亡くなった。オレが高校二年の時」
にこやかに、そう答えてから続けざまにこう言った。




