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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第1章 ここは新横浜・タカハマ屋
3/32

03

 数日後の朝、彼がまた店先に立っていた。

「おはよう、オカカとコンブ」

「アレ、あんた」オジサンはオカカとコンブを包みながら言う。

「駅北じゃなかったのかい? 会社は」

「ここのおむすび、美味しかったんだ」

 あ、レシートください、そう言って几帳面にレシートを受け取ってから、彼は先日のように少しだけ包みを持ち上げて去って行く。


 それからたまに、彼は店に立ち寄るようになった。

 買うのはいつも、オカカとコンブだった。そしてレシートもちゃんと、受け取って行った。


 雨の多くなった六月、久しぶりに少しやつれたような感じでやって来た。

「おはよう、」傘を傾けて「オカカとコンブ」

「会社、慣れたかい?」

 いつもは他の客には聞かないようなことも、この客にはひとこと余分に聞いたりもする。

「うん……どうだろう」疲れがたまる頃なのだろうか、目線も遠い。

「研修があって、出てたんだ」

 疲れた表情ながらも、うれしそうな笑顔を浮かべて包みを受けとった。

 ふと、彼の手の甲に肌色の長いテープをべったりと貼ってあるのが見えた。手の甲からずっと、袖の中に続いている。

「ケガしたのか?」

「うん、ちょっとドジやった」

 オジサンがよく見ると、顔にも擦り傷がいくつかついている。

「なんだ、事故ったのか」

「まあね」

 気がつくとまた、200円が受け皿に乗っていた。

「ここのオカカとコンブ、うまいんだよね。あ、レシートを」

 小さな紙切れを財布に入れて、じゃあ、とまた駅に消える。

 駅北にも店はいくらもあるだろうに、わざわざこちらに来て買ってくれる、その気持ちがうれしくなって、オジサンは何となく

「よっしゃ」

 とひとりで掛け声を入れてみた。


 何度か寄っていた七月も半ばの頃、いつも世間話程度の彼には珍しく、オジサンに向かってこんな弱音を吐いた。

「明日からまた研修、今度は八月までかかるって。やってけるかなあ」

「かなり厳しい会社なんだねぇ」

 オジサンが返すと、彼は軽く肩をすくめた。

「かもね。まあ、前の会社よりはよっぽど厳しいかな」

「中途採用なんだ」

 前に何をやっていたのか、というか、今、何をやっているのか聞いてみようかと漠然と思いながらもオジサンは包みの用意をしている。

 いつものようにオカカとコンブ、ああそうだ、ボーナスも出たんで味噌汁つけよう、と彼は350円出して受け皿に乗せる。

 そう言やさあ、とオジサンが思い出して告げた。

「この頃、またアイツら通ったんだよ、ここ」

 えっ? と彼が宙をみる。

「あの二人連れさ、アンタに絡んだヤツら」

 彼がああ、と笑ったが、何となく困ったような顔になった。

 それでも気になったのか

「どうだった、ちょっかい出してきた?」

 と聞いてきたので

「それがさ」

 自慢げに話してきかせる。

「茶髪のヤツが、こっち見たんだよ、ちらっと。で、何て言ったと思う?」

 さあ……彼が続きを待っていたので言ってやった。

「おはようございます、だってさ。連れに聞こえないよう、コソコソって感じでな」

 坊主は最初からこっちなんて見てなかったがね、と笑い飛ばす。心を入れ替えたんだろうな、きっと。

 彼はよかった、と言いながらも何か心に思う所があったのか、そのままことばを足すこともなくじゃあ、と言って足早に駅へと去っていった。


 八月になっても、彼は現れなかった。

 九月にも、寄ることはなかった。

 もしかしたら、オジサンは思う。

 研修が辛くて会社を辞めたのかも知れないな。もう次の職を探しているのかな。この近くに来ることはないのだろうか?

 それでも朝になるとつい、通りかかるサラリーマンをじっと目で追ってしまう。



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