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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第2章 こちら新米リーダー・サンライズ
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『東日本支部技術部特務課 サンライズ・チーム主任を命ずる』


 辞令をもらった時のことをまざまざと思い出す。

 信じられないという思いと、ついにこの時が来てしまった、という厳粛なる思い。

 まるで腕力も知識もない自分がこのカイシャに導かれ、リーダーにまで大抜擢された理由はたった一つしか考えられなかった――あの『力』しか。

 新横浜の支部内でも支部長と総務部長以外には知らされていない、ということしか聞いておらず、詳しい説明もされていなかったが、他には、全く思い当たる節がない。


『シェイク』と『スキャニング』というのは彼の持つ特殊能力だった。

 相手の意思を音声や映像イメージとして瞬時に読みとる『スキャニング』と、読み取りから拾ったキーワードを逆に言語として相手に投げ返して相手の意思または意志を自分の思い通りに動かし制御する『シェイク』……サンライズには生まれつきその能力が備わっていたようだ。


 実の母親が同じような力を持っていたのは、漠然と感じていた。

 しかし彼が小学校4年で家を出て行ったきり、音信不通になっているので今さら確かめようはない。


 絶対音感のごとく、少し変わっていはいるが自分ではごくあたりまえのように感じていた能力が実際に『特殊能力』であると判断し、能力にそのような名前をつけたのは、ここMIROCの本部開発チームの連中だった。

 彼らはサンライズが入局後まもなくから何度も呼び出し、能力について様々な『ヒアリング』や『検査』と言う名の人体実験を行っていた。

 しかし、連中はサンライズからデータをむしるだけむしって、その力がなぜ生まれつき彼に備わっているのか、それをどう使うべきかについてはちゃんと指導してくれなかった。

 その上、力を使った後に必ずといっていいほど襲われる激しい頭痛や虚脱感にどう対処すればいいのか、などについてもあまり真剣に対処してくれず「少し様子をみましょう」とヤブ医者でも言わないようなコメントを返す程度。

 ただ一つはっきり言えるのは、彼のような『シェイカー』と呼ばれる能力者はごく限られているらしく、今後MIROCにとって大きな戦力になるとみなされているようだった。


 彼自身、このへんてこりんな『能力』があまり実生活に役に立つ、というイメージは持ったことがなかった。

 激しい頭痛を伴うという点も、能力を使うのに及び腰になる一因ではあったが、それより怖いのは、スキャニングにあまり集中し過ぎると相手の思念に押し流されそうになり、自分を見失ってしまうのではないかということだった。

 第一、相手の心に立ち入る、というのにどうしても抵抗がある。

 その上、まだ新しい仕事はあまりにもきな臭く恐ろしい世界なのに、身を守るためとは言えそんな『力』が任務にどう活かせるのか、不安ばかりが先にたっていた。


 総務という立場上、春日はもしかしてこの『力』について何か知っているのだろうか?

 しかも、入局当時、タカハマ屋の店先でつい力を使っていた。相手に『シェイク』をかけてしまった……その現場をオジサンにばっちり見られていたのだ。

 サンライズが小僧どもと闘っている間、春日はその辺についてオジサンから何か聞いていたのだろうか。

 しかも、乱闘の時にも春日のすぐ近くで反射的にシェイクを使っていた。

 もし春日がその『力』について知っているのならば、当然何が起こったか知ってしまっただろう。

 オジサンに、そのことを話してはいないだろうか。


 自分の特殊な能力のことは、いずれは会社内で『これは内緒だけど』と広まってしまうだろう、それについてはある程度覚悟はしていた。

 でも、タカハマ屋のオジサンには知られたくなかった。なぜだろうか。

 アンタ、普通のヒトじゃあないんだね、そう言われないかが怖かったのだろうか。

 もちろん自分が『怪物』だとは思っていなかった。それでも、オジサンみたいな人から怪物だと思われたら哀しすぎる。


 束の間心に立ち騒いださざ波は、しかし、しばらくして少しずつ収まっていった。


 春日の表情からは、それ以上サンライズの『つつかれたくない部分』についての話はなかった。

 たとえ、知っているにせよ。

 もし知っていて黙っていてくれるのならば、その好意に十分甘えたいと心から思って、サンライズはさらに春日の表情をうかがっていた。


 何ならば、『読んで』みるか? コイツの心を。


 無意識のうちに触手を伸ばそうとして、サンライズは、はっと我にかえる。

 友情を深めるつもりならば、それ以上は立ち入らないことだ。

 どこかもっともらしい自分の声が、心の奥から聞こえ、彼はゆっくりと静かに息を吐いた。

「オマエさ」

 何の空気も読まないぞ、といった確固たる口調で春日がサンライズのデスクを指す。

「出張旅費精算書もロクに書けないクセに、そんなレシートはしっかり取っといているのか、なんだそりゃ」

 デスクの脇にあるレシートホルダーを指さした。単に長い針が上を向いているところにレシートを串刺しにする体裁のやつだ。

 それを目ざとく見つけ、春日は手にとってみる。

「何この旧い感じのレシート。懐かしいな、ソウザイ 100 ソウザイ 100、なんだ、食事代か? あのおむすび屋のか」

 サンライズはうなずく。「そうだよ、タカハマ屋のレシート、全部取っといたんだ」

「ばーか、こんなの経費じゃ落ちないぞ。しかもいつから溜めてるんだよ」

 冗談半分にそう突っ返した春日に、口を尖らせて反論する。

「バカはオマエだ。いつから、って最初からだし、しかもこれは領収書じゃない」

「じゃあ何だよ」

「オレの心の軌跡だよ、オレがここに至るまでの心の記念碑だ」

 はあ? 春日が笑い飛ばす。それでも、やはり嫌な笑い方ではなかった。


 立ち去り際に、春日は彼のデスクに黒い箱を置いた。

 ほとんどカラに近い煙草だった。

「明日はおむすび寄れないから、オヤジによろしく言ってくれって……それを言いに来た」

「帰ってこいよ」

 サンライズは春日の背中にようやく声をかけた。

 春日はふり向かずに答える。

「当たり前だ、オマエをずっとウォッチする楽しみが増えた」

「やな趣味だ」

「それにオレ、百まで死ぬ気がしねえ」

「誓え」と言ってやると

「はい」ふり向かず、片手をあげた。

「カスガヒロミツの名にかけて、誓います」

 そのまま、春日は挙げた手を振って去っていった。


 心を読まなくて、本当によかった。サンライズは額の汗をぬぐってまた大きな吐息をついた。


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