15
翌朝、サンライズがタカハマ屋に寄ってみると、約束通りオジサンがコンブとオカカを包んでくれてあった。
いつもより包みが大きいのは、きっとシャケと玉子焼きなんだろう。ありがたく礼を言って、そのまま受け取った。
「春日、来ましたか?」
オジサンに聞くか聞かないかのうちに「おはよっす」坂を駆け下って来たらしい春日が姿をみせた。
「あれ、サンちゃん来てたのか」
「来てたのか、じゃねえよ」
あっけらかんとした春日の表情がおかしく、つい笑ってしまう。
春日にもう一つの包みを渡しながら、オジサンが
「昨日は聞かなかったけどさ、だいじょうぶだったかい? ケガとかは?」
ああ、全然平気、とサンライズは明るく答えた。本当は携帯が壊れてしまったのだが、それはもう我が家でこてんぱんにとっちめられていた。
「じゃあ行こうぜ」
春日にせきたてられ、じゃあ、とふり返る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
オジサンが、何か言いたげだったのが気になったが、春日に引っ張られるように彼は駅の方へ向かった。
午前中は何かと忙しく、昼食もそこそこに外をまわっていたサンライズだったが、小雪ちらつく夕方近くようやくカイシャに戻った。
自分のデスクに誰か座っているのが見えた。
驚いたことに、春日だった。サンライズを見て言う。
「オマエ、雪ンコみたいだな。鼻赤くしてさ」
「何だよユキンコって」
春日がそこに居たこと自体重大なことだったにも関わらず、彼はつい笑みをこぼす。
「寒かったんだよ、雪降ってた」
ふうん、と椅子に座ったまま春日はぐるぐる半周くらいずつ左右に回っている。
「ローズマリーは、出張中だなあ」
「うん」
席の近くにはたまたま誰もいない。チームメイトのボビーもシヴァもすでに長期休暇中だった。他のメンバーも他所に出払っている。
「……ここ、オレの席だったんだ」
春日はつぶやいて、懐かしそうにあたりを眺めている。
「知らなかった」
サンライズはボビーの席に座った。
「面子もずいぶん変わったな、でも雰囲気はそのままだ」
春日はようやく、ここまでたどり着けたのだ。
特に感慨深げでもないが、目の中の葛藤は読みとることができた。
計り知れない程の憎しみと、計り知れない程の愛。一見冷静そうな彼の瞳の奥に、相反する感情が化学反応を起こした炎のようにちらちらと燃えているのが垣間見える。
この男は本当に、このシゴトに身を捧げていたんだ。
春日はサンライズのペン立てから、いちいち一本ずつペンを引っぱり出している。
「これ総務のじゃん、返せよ」
「細かいなあ」
シヴァのデスクなんて見せられない。他課の備品であふれている。しかも危険物も色々。先日は引き出しから煙が出てきて大騒ぎになったし。
サンライズは、彼がここまで来た事にあえて触れず、
「で、何?」
わざと冷たく聞いてみた。
「また書類間違えてたワケ?」
春日が椅子を止めた。
「いや。オレ、検査入院するからしばらく来ねえ。一ヶ月くらいは」
「へえ」
理由は聞けず、ただそれだけしか答えられなかった。
「オマエさ」
春日が前かがみになって、両肘を膝にのせ、手を組んだ。見上げるような格好で、サンライズに問いかけた。
「あの弁当屋のオッサンに、どこまで話したワケ?」
「えっ」
どういう意味か取りかねて、サンライズは絶句する。
単純に、業務上の機密について漏らしていないかを尋ねているのか? それとも……
春日はあの『力』のことを言っているのだろうか?




