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サンライズは、コートを脱いで右腕に巻き、構えの態勢をとる。
やや強く『シェイク』を使ったせいだろう、頭がガンガンする。二日酔いより少しひどい。それでも前に気を配りながらじりじりと後ろに下がる。
オジサンと春日はだいじょうぶだろうか? さっき、座りこんだオジサンのところに春日が駆けつけたところまでは見ていたが、今は姿が見えない。
タコが切りつけてきた。
「どりゃぁあああ」
素人っぽさが見え見えで、どこを狙えばいいか分からないようだ。やみくもに振りまわしている、だがこういうのが一番怖い。
彼はコートを巻いた腕を突き出し、ナイフを止めた。
ざっくりと食い込んだ刃先、素人の持ち物にしては切れるらしい。それでも何か硬いものに当って止まった。ポケットに入れてあった携帯のようだ。
サンライズはその腕をひねった。ナイフが街灯の光を反射して、空き地の隅に飛んだ。
あっけにとられた坊主のあごに、すかさず一発お見舞いする。
「人さまに刃物を向けるんじゃない」
ぜいぜいしながらも、言ってやる。
坊主は、本能的にかなわないと感じたらしく、一歩引き下がった。そこをあえて、ゆっくりと一歩詰める。彼がまた下がり、サンライズはまた詰める。
とうとう店の外壁まで追いつめた。
「どうする?」
ここでまた、『力』を使うか?
自分にも問うたつもりだったが、相手がぱっと目をそらした。
「覚えてろ、クソジジイめ」
すでに戦意を喪失しているもう一人に
「タロ、いくぞ」
声をかけ、倒れたヤツを両脇からかつぐようにそそくさと去って行った。
肩で息をしながら、サンライズは少年たちが暗がりを走って逃げていくのを見送っていた。
とりあえず、土曜日までは来るなよ、そう言い聞かせればよかったかなあ、と痛む頭でぼんやり考えているところに、すいっと煙草の香りが漂ってくる。
「おみごと」
声のする方を見上げると、空き地の裏手、のり面保護に積んであるブロック壁の上に春日とオジサンがちんまりと座ってこちらを見おろしていた。
ちょうど空き地を見物するのにいい位置だったらしい。しかも二人で、煙草なぞふかしている。
「サンちゃん、護身術はもう少し補習が必要だねえ」
ニヤニヤしながら、春日は煙を吐き出した。
「オレにも一本くれ」
降りて来た春日に、サンライズは手を出した。春日が
「ごめんもう無くなった」とニヤニヤしていたので、オジサンの方に目をやると
「すまないね、オレももらったんだよ」
オジサンが申し訳なさそうに詫びた。
「カスガの煙草、吸ったんですか?」と聞くと、うん、とうなずいたので
「コイツね変な煙草吸ってるんですよ」
と言いつけた。オジサンは笑っている。
春日がしれっとして言った。「あ、メンゴメンゴ。まだ残ってた、一本だけ」
サンライズは春日から最後の一本もらいながら火をつける。
「そうかい? 普通の味だったよ」
オジサンは、煙草をふかしているサンライズと、傍の春日とををうれしそうに見比べながら
「今夜は助かった、ありがとう、本当にありがとう」
何度も頭を下げる。
オジサンは、あと二日だけど朝、よかったら寄ってくれ、御礼におむすびを包んでおくよ、と言ってくれた。そこにすかさず春日が
「え? オレもいいの?」と聞くとにっこりして
「もちろん、いいよぉ。何がいい?」
と笑っていた。
オジサンが家に入るのを見届け、彼らはぶらぶらと駅まで戻る。
「ハルさん、ちゃっかりしてんなあ」
サンライズ、ようやく頭痛の収まってきた頭をさすりながら連れの方をみた。
「オレはオカカとコンブでいい、って言ったのに、ついでにシャケと玉子焼きも、だって?」
「いいんだよ、オヤジ喜んでたぜ」
『力』を使うところを、まともに見られていただろうか。ふと気になってサンライズは春日にさりげなく目をやる。
彼は「はぁ、疲れたぁ」と吐息まじりにつぶやいて、まるで自分が戦っていたかのように肩をぐるぐる回しながら歩いていた。
急に歩を緩め、春日はまた、黒いパッケージをコートのポケットから出した。
封を開け、煙草を引きだして火をつけている。もう一箱隠し持っていたようだ。
「歩き煙草はやめなさい、そこの不良中年」
警官の真似をすると、春日はとぼけた表情をしてみせてから、すぐ脇の小道に彼を引っ張っていった。
すぐ突き当たりが山際になっていて、ちょうどいい具合に腰掛けられるような高さにブロックが積んであった。そこに腰掛けながら
「お巡りさんもひとつ、いかがですか」
と、一本出した。
駅にかなり近いのに、少し引っこんだそのあたりには人影もなく、街灯の光もかすかに差し込むだけだった。すぐ近くに山を背負っているせいか、寒気の中に冷たく凍りついた土の匂いが混ざっていた。
「ほんとに、普通の味だよなこれ」
煙草を目の前にかざして、サンライズはつぶやく。
「まあね」春日の表情は見えなかった。煙だけがこちらに流れる。
春日の声にも、表情がみえなかった。淡々とした声だった。
「死というものは、特に変わった匂いや味はない……いつも、普通の味なんだろうな」
身を切るような冷たい風にのって、ホームのアナウンスが切れ切れに流れていた。




