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残業届けを書いてからサンライズは大きくのびをする。
家には直接電話を入れようかと思ったが、怖いのでまたメールにしてしまった。
「今夜急にシゴトになりました。本当にすみません。遅くなります」
なぜか敬語になっている。
残業を済ませ、九時少し前にロッカールームで携帯を確認したが、由利香は返事をくれなかったようだった。
仕方がない、家に帰ってから謹んでお裁きを受けよう、と一瞬襲ってきた怖気を身ぶるいで振り払って、あとは駅まで脇目もふらず進む。
先にカイシャを出ていたらしい春日は、すでにキオスクの近くでリポビタンDをあおっていた。
「遅っせえぞ、サンちゃん」ビンを指定のごみ箱に放り込み、ぱん、と手をたたく。
「ビビって帰っちまったかと思った、もう九時回っちまったぞ」
さあ行こいこ、とどちらが戦闘モードか分からない張り切りようだ。
駅を抜け、地下道から商店街に続く道路に出た時、サンライズは店の方を伺うように伸びあがってみた。
「おい」春日がひじでつついた。
「見ろよ」すでにシャッターの閉まった通りのどこかで、耳障りな笑い声が響く。
「やべ、もう来てやがるぞ」その声を聞くか聞かないかのうちに、サンライズは走り出した。
少し離れたところにぼんやりと浮かび上がった店がまえ、その向こう側、自動販売機の裏に数台分の駐車スペースがある。タカハマ屋の自宅裏口にも通じるその空き地に、何人かが固まっているのが街灯の明かりに見え隠れしていた。
「待てよサンちゃん」
春日も仕方なく走り出したようだ。
駆けつけた時には、なんと、オジサンが外にいた。シャッターに一面、汚いペイントが吹きつけられてぬらぬらと光っている。缶がいくつも、歩道に散乱していた。
「だからやめなさい、って言ってるだろう」
「誰に向かって、ほざいてんだジジイ」
「死ねや」「火い、点けるぞ」
少年たちに取り囲まれ、オジサンが小突かれている。少年は三人、あと見張りらしい赤いシャツの一人が歩道にしゃがんでいた。
ソイツが立ち上がって駆け寄ったサンライズを止めた。
「何だよオッサン」春日は一足遅れていた。
今しかない。
サンライズは一瞬の隙にキーを掴んだ。ためらいは全くなかった。
「水に沈んだぞ、女は」
ひっ、と息を吸い込み、赤シャツは飛びのいた。
『シェイク』は完璧だ、サンライズの脳裏に少年の思念が流れ込む――海水浴のシーン。ふざけ過ぎて彼はガールフレンドを泳げないと言うにも関わらずむりやり沖に連れ出し、フロートから引きはがした。笑い騒いでいた彼女は大きな口のまま水を呑みこむ、瞳に走る怯え、見開かれた目が彼を射抜く、波がかぶり、彼女は沈む――赤シャツの少年は、蛇でも踏んでしまったかのように恐れおののいている。少女がどうなったのか、そこまでサンライズには掴めなかった、しかし十分だ。
コイツの心はすでに、いくらでもコントロール可能だ、行け。
彼は掴んだ思念にありったけの思いを載せて彼に命じる。
「家に帰れ、もうここに来るな」
そう言い放つと、赤シャツは一目散に走っていった。
連れの様子に気づいた彼らが、オジサンの胸ぐらを離し、今度はサンライズを取り囲む。
「何だよ、オッサン」
「ユウタをどうした」
タコ坊主が、首を傾けて彼の前に進み出た。「オマエ、いつか……」
鈍い頭をそれでも巡らせたらしい、「見たよな」次の瞬間、言葉を繰り出すヒマもなく腹に一発こぶしを繰り出してきた。サンライズはギリギリで避ける。
「誰でもいいや、ジャマすんな、死ね」タコ坊主の悲鳴にも似た叫びが響く。
やみくもなパンチ、凍った路面に足をとられ、サンライズはついよろめいて膝をついた。
他の二人も襲いかかってきた。踏まれる、と思った時サンライズはとっさに撥ね起き、ついでに近くにいたヤツの足をすくい上げた。
「がぁっ」単なるオヤジがそこまで速い反応を見せることはあるまいと完全に油断していたらしく、そいつは後頭部から地面に激突、伸びてしまった。
「シンゴ!」
「てめえ」
タコ坊主がナイフを出した。




