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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第2章 こちら新米リーダー・サンライズ
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12

 気がついたら、カーテンの隙間から見える空がわずかに白んでいた。

「やば……遅刻だ」 

 サンライズは飛び起きて尚びっくり、どこかのアパートの一室だった。

 ソファに寝かされ、ちゃんと布団までかけてもらっている。眼鏡と時計が並べてテーブルに乗せてあった。

 時刻をみると六時四十分、いつも起きる時間だった。

 ここはどこだ? あわてて辺りを見回してみる。

 隣の部屋から、ひどいいびきが聞こえた。そっとのぞくと、ベッドの掛け布団の上に大の字になって春日が眠っていた。

 窓からのぞくと、何となく見覚えのあるような風景が拡がっている。

 線路が見えた。銀色の車体に水色の線をひいた電車が、ちょうど左に向かって走っていくのが目に入った。

 左手側少し低くなった方に、高いビルもみえる。

 春日のアパートなのだろう、カイシャにけっこう近い場所だ。ただし駅の南側のようだが。菊名よりやや、新横浜に近そうだ。

 トイレを借りて、まず膀胱を空っぽにする。それから洗面台で何度も顔を洗った。

 口の中も苦い。歯磨き粉を指に乗せ、口の中をこする。おえ、と吐きそうになる。

 それでも顔を洗い終わったら思いのほか、さっぱりした。

 春日がいつの間にか起きていた。

「おはよ」と、多分そう言ったようだ。顔が腫れている。そのままよろめきつつ、トイレに入っていった。

 その間に、自分の持ち物をあらためた。正体をなくすほど飲んだにしては、紛失物はなさそうでひと安心だった。個人用携帯、財布、定期、名刺入れ、家の鍵……

 携帯をみると、メールが二件来ていた。由利香からだ、当然。遅くなるとは伝えてあったが、泊まるとは言ってなかった。おそるおそる画面を見た。

「いつ帰るの?」と一つ。十二時過ぎ。

「とにかく連絡ください」が二時。

 震える手でメールの返信。

「同僚に泊めてもらった。そのまま会社に行きます。今日は定時」

 待っても、返事はなかった。ごめんなさいと書けばよかったようだ。

 春日がトイレから出てきて、豪快に顔を洗い始めた。

「ハルさん、何時にうち出るの、いつも」

「七時半くらいかな」タオルで顔をふいてから、洗面台の中に並んだビンをあさっている。薬が色々並んでいて、彼はそこから四種類ほど選んで、そのまま口に放り込んだ。

「おい、水飲めよ」と言うと

「……女房みたいだなあ」とブツブツ言いながらも蛇口にじかに口をつけ、うまそうに水を飲んだ。


 いつも徒歩で通うんだ、駅を避けてそのまま駅北に出る道があるけど、どっかでメシ、食ってから行くか? と春日が言うので、少し早めにアパートを出た。

 アパートはやはり菊名の駅からやや南よりの場所だった。

 オレの知ってる惣菜屋がシンヨコの駅のすぐ南にある、おむすびしか買ったことないけど、とサンライズが言うと、オレは米のよし悪しにはうるさいんだ、とすぐ食いついてきた。

「時々そこで買ってカイシャで食うんだ、朝。遠回りになるけどいいか」

「歩くのは苦じゃないさ」

 白い息をはきながら、二人で緩やかな坂を下って行く。


 タカハマ屋のオジサンは、「おはよう」と言ってから隣に立つガタイの良い男を珍しげに眺めた。

「カイシャの……」

 サンライズはことばに迷う。友だち? 同僚、というべきか、先輩、というのか? それでも

「総務の人」と告げると春日が「飲み連れです」とぺこりと頭を下げた。

 オジサンもうれしそうに「やあどうも」と頭を下げた。

「よかったよ、来てくれて。店、今週末で閉めるんだ、早めにあっちに引っ越すことになってさ」

「えっ」

 もう木曜日なので、土曜日までというとあと今日を合わせ三日しかない。

「ごひいきさんに最後にあいさつできて、よかった」

 早速オカカとコンブを包んでいる。

「ハルさん、何食べる?」

 サンライズが聞いた時、春日はちょうど通りかかった連中をしばらく見送っていた。

「ハルさん」大きな声で呼ぶと、今度はオジサンがびっくりしたように目をむいた。サンライズが

「どうしたの、おじさん」と聞くと

「……いや」

 前掛けで意味もなく手を拭いている。それからつぶやくように言った。

「うちのバ……息子がさ、ハルオって言うんだよ」

 ちょうどそこを小耳にはさんだ春日が、屈託のない表情でオジサンにこう説明する。

「オレ、春の日って書いてカスガだから。名前はヒロミツ」

 ええっとお、オレはウメとシャケとコンブと……一体いくつ食べるつもりなのか、二日酔いとは縁のない男はがむしゃらにおむすびを選んでいく。

「あと玉子焼きね」

 そう言ってからオジサンが下を向いたスキにちょっと、とサンライズを指で招く。

 オジサンが春日の注文に追われている合間に、小声で駅の方を指す。

「アイツら、知ってるか?」

 ちょうど自転車を止め、構内に入ろうとする四人連れ。「アレが?」

「今、ここ通ったけどさ」

 ダラダラとした黒っぽい服装の中、最後の一人に見覚えがあった。あの坊主頭に銀の長い鎖ピアス。

「今夜、この店を襲うって言ってたぜ、十時前には、とか聞こえた」

 えっ、オレに見覚えがあったのか? とサンライズ気色ばむ。

「少し前に、店の前でたまたま外から帰ってきたオヤジにどなられたらしい」

 春日は目を細めたまま、駅の方を見やっていた。

「オジサン」

 サンライズは大きな包みを作っているオジサンに聞いてみた。

「オレが最初にここで会った小僧ら、まだちょっかい出してくる?」

「え? いやいや」

 ハハハ、とオジサンは明るく笑う。

「アイツはねえ、近頃見ねえや。坊主頭の方は時々ウロウロはしてるけどね。また新しい連れができたんだろう。こないだは夜会合から帰ってきたら、店の前にたむろして煙草ふかしてやがったから、怒鳴りつけてやったけどよ」


 駅へと歩きながら、春日が言った。

「あれが……オマエの言ってた羊のジイサンか?」

「は?」一瞬意味が分からず、サンライズはきょとんとしたが急に『羊』の意味を思い出す。

 前を見たまま春日に言った。

「羊じゃない、一人の人間だよ。でもできるだけ平穏に暮らして欲しいとは願ってる」

「因果なヤツだな、オマエも」

 しみじみと春日がつぶやく。ちらっと横顔をみるが、別にバカにしたふうではない。

「オレのせいだ、一人は言い聞かせてやったけど、連れまで気が回らなかった」

 サンライズがそう言うと

「アイツらは、そんなもんさ」

 春日はごく軽い口調で返した。

「一人がまっとうになっても、他のヤツらはまたすぐ新しい連れを作る、似た者どうしは互いに惹かれあって、いつまでたっても悪いヤツらはいなくならない」

「……」

 急に、自分のやっているシゴトと同じ話なのだろうか、とサンライズは足もとを見る。

 それでも、オジサンの店が最後の最後に襲われるのはイヤだ。

 彼は立ち止った。

「ハルさん、今夜……」サンライズが言おうとすると春日がぽん、と肩をたたいた。

「九時、駅前集合ね」

 あっけにとられた彼が次の言葉を言う前に、春日はこう釘をさした。

「オレは単なる見物人として行くから。戦闘には参加しないのでそのつもりで」

「はあ」


 それでも、何となく心強かった。

 サンライズはかすかに笑ってから、急に真顔に戻ってつぶやいた。

「しかし。『戦闘』って何だよ」

 それから少しして、今度は思い出して立ちすくむ。顔から血の気がひいた。

「まずい……定時で帰る、ってメールしちまった」


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