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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第2章 こちら新米リーダー・サンライズ
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10

 それからたまに、春日から電話がくるとサンライズは煙草を出して、屋上へ向かった。

 さすがにもう、三度目からは春日も、デスを勧めてはこなかった。

 たいがいいつもは黙って二人で煙草をふかしている。

 たまに、誰かが混ざってその場限りの話題で盛り上がることはあるが、なぜか、二人きりの時にはお互い黙っていることの方が多かった。


 何回目かの時、最後にひと吸いしてから、ようやく聞いてみた。

 誰にも聞いてなかったが、一番知りたかったことだった。

「カイシャ入って三年目にリーダーになるのって、そんなに珍しいのかな」

「まあね……」

 春日はまたものうげな目に戻った。

「ケースバイケース、だけどね。オマエさんみたいのは、かなり、珍しいかもな」

 そうか、とつぶやいて短くなった煙草をもみ消す。急に春日が聞いてきた。

「しかも郵便屋さんだったって?」

「窓口業務だった」

「スポーツ選手とかだったのか?」

「別に。バスケは好きだったが、特に優秀でもなかったから……ここの合宿でも苦労の連続だった。徹夜で走らされた時には、半分眠ったまま崖から転げ落ちたし」

 そう言うと

「ふうん」

 春日は鼻から煙を吐き出すついでにそう返事をした。

 煙草も終わる頃、サンライズはふとつぶやいた。

「オレ、やっぱり認識甘いのかなあ……」

「何だ急に」

「春日さんだって、俺のこと何となくヤナヤツだなあ、って思ってんだろう?」

 面と向かって聞いてみると、どうも子どもじみている。しかし、ちゃんと聞いてみたかった。

「性悪説の信者だってこないだ言ってたろう? 俺は逆なんだ、人間は本来、善だと思っている、だから俺達みたいな仕事が成り立ってるんだって。だから」

「認識は大甘だね、確かに」

 春日は真面目にそう答えた。

「オマエ、郵便屋だったんだろう? 人から人へ、大切なことばを届ける素敵な仕事じゃん? オマエみたいな他人が信じられる人間には最適な仕事だしさ」

 特に感慨もこめず、そう言ってからまた聞いてきた。

「他にいい仕事はたくさんあっただろうに、何故郵便局やめてこんなクソダメに来たんだ」

 サンライズは正直に答える。

「郵便局は、解雇された。その後ここの支部長がクソダメに拾い上げてくれたんだ」

「へえ」

 初めて、興味をひいたように春日はまじまじとサンライズをみた。

「あの中尊寺が、直接スカウトしたんだ? 本当か?」

「ああ」他に行くあてもなかったし、女房子どもを養うためにはここで頑張るしかないんだ、と続けるとふうん、と何度も感心している。

「家族調書まで見てなかったな……独身だと思い込んでた」

「だって調書って部長か次長以上だろ、見られるの」

「知らなかったのか? 見ようと思や、いくらでも見れるさあんなモノ」

 恐ろしいことをさらっと口にする。

「女房に子どもまでいるのか。ホント変わってるな、オマエ」

 それから彼としてはかなり親身な口ぶりで忠告してくれた。

「中尊寺に直接スカウトされた、ってのは社内では言わないほうがいい、誰かに話したか?」

 いいや、と返事をすると、少し安心したように笑みを浮かべた。

「なんで? 支部長のコネとかだと思われるのか?」

「いや……またいずれ分かる、クソダメにはクソダメのルールがあるんだ。それよか絶対に秘密にしとけよ、いいか?」

「ローズマリーとゾーさんには?」

「アイツら、見ただろう? 酒が入るとすぐ自白しちまう。言うなよ」

「そこまで言うなら」右手をあげる。「わかりました」

「本名に誓うか?」

 突然そう言われてきょとんとする。え? 本名ですか? 何だっけ? 

「シイナタカオだろ、総務に聞いてどうする」

「はあ」手を上げ直した。「シイナタカオの名にかけて誓います」

 よろしい、手を下ろしたまえ。偉そうに春日は命じてから

「さっきの答えだけど」

 急にまた話を変えた。

「……何か聞いてたっけ、俺」

「ヤナヤツだと思ってるかどうか、だろ? オマエのこと」

「はあ」今さらもういいです、と答えようとしたところに春日が明るく答えた。

「ヘンなヤツだし好きなタイプじゃあない。みんないい人、だなんて女子高生みたいに甘過ぎるしな」

 断定され、少し凹んだところに春日がいたわるようにこう言い足す。

「逆に新鮮なタイプだな、特務課のリーダーとしては。面白いから今後ともウォッチは続けたいな。オレは悪の代弁者として、お前の甘っちょろさをいつも認識させるために近くにいてやるよ」

「どういうことですかねえ」

「まあ、よろしくな、ってことですよ」

 彼なりの好意の示し方なのだろう。

 歪んでいる。十分歪み切っているがやはり、サンライズの方もなぜか嫌いにはなれなかった。

「それじゃあお近づきのしるしに、ですけど」

 サンライズは春日について、非常階段を降りかける。春日は絶対、エレベータに乗らないのだという。

「いいたまえ、キミ」

 相変わらず偉そうな彼に、言ってやった。

「今度飲みに行く時、付き合っていただきますよ、先輩」

「えええ?」春日はおおきくのけぞった。「オレを殺す気か」

「あんな煙草飲んでる人に言われたくないな」

「オレ、ウーロン茶だから半額でね」


 ようやく、ひとつ越えた、という気持ちがあった。


 サンライズは意地悪く言って先に階段を下りていった。

「ピロポのウーロン茶、一杯九百円だけど」

「あんな店誰が行くかぁ」

 それでも笑い声ががらんとした踊り場に響く。


 それを聞きながらサンライズは思う、日々、こうして進んでいけるといいのだが、と。

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