10
それからたまに、春日から電話がくるとサンライズは煙草を出して、屋上へ向かった。
さすがにもう、三度目からは春日も、デスを勧めてはこなかった。
たいがいいつもは黙って二人で煙草をふかしている。
たまに、誰かが混ざってその場限りの話題で盛り上がることはあるが、なぜか、二人きりの時にはお互い黙っていることの方が多かった。
何回目かの時、最後にひと吸いしてから、ようやく聞いてみた。
誰にも聞いてなかったが、一番知りたかったことだった。
「カイシャ入って三年目にリーダーになるのって、そんなに珍しいのかな」
「まあね……」
春日はまたものうげな目に戻った。
「ケースバイケース、だけどね。オマエさんみたいのは、かなり、珍しいかもな」
そうか、とつぶやいて短くなった煙草をもみ消す。急に春日が聞いてきた。
「しかも郵便屋さんだったって?」
「窓口業務だった」
「スポーツ選手とかだったのか?」
「別に。バスケは好きだったが、特に優秀でもなかったから……ここの合宿でも苦労の連続だった。徹夜で走らされた時には、半分眠ったまま崖から転げ落ちたし」
そう言うと
「ふうん」
春日は鼻から煙を吐き出すついでにそう返事をした。
煙草も終わる頃、サンライズはふとつぶやいた。
「オレ、やっぱり認識甘いのかなあ……」
「何だ急に」
「春日さんだって、俺のこと何となくヤナヤツだなあ、って思ってんだろう?」
面と向かって聞いてみると、どうも子どもじみている。しかし、ちゃんと聞いてみたかった。
「性悪説の信者だってこないだ言ってたろう? 俺は逆なんだ、人間は本来、善だと思っている、だから俺達みたいな仕事が成り立ってるんだって。だから」
「認識は大甘だね、確かに」
春日は真面目にそう答えた。
「オマエ、郵便屋だったんだろう? 人から人へ、大切なことばを届ける素敵な仕事じゃん? オマエみたいな他人が信じられる人間には最適な仕事だしさ」
特に感慨もこめず、そう言ってからまた聞いてきた。
「他にいい仕事はたくさんあっただろうに、何故郵便局やめてこんなクソダメに来たんだ」
サンライズは正直に答える。
「郵便局は、解雇された。その後ここの支部長がクソダメに拾い上げてくれたんだ」
「へえ」
初めて、興味をひいたように春日はまじまじとサンライズをみた。
「あの中尊寺が、直接スカウトしたんだ? 本当か?」
「ああ」他に行くあてもなかったし、女房子どもを養うためにはここで頑張るしかないんだ、と続けるとふうん、と何度も感心している。
「家族調書まで見てなかったな……独身だと思い込んでた」
「だって調書って部長か次長以上だろ、見られるの」
「知らなかったのか? 見ようと思や、いくらでも見れるさあんなモノ」
恐ろしいことをさらっと口にする。
「女房に子どもまでいるのか。ホント変わってるな、オマエ」
それから彼としてはかなり親身な口ぶりで忠告してくれた。
「中尊寺に直接スカウトされた、ってのは社内では言わないほうがいい、誰かに話したか?」
いいや、と返事をすると、少し安心したように笑みを浮かべた。
「なんで? 支部長のコネとかだと思われるのか?」
「いや……またいずれ分かる、クソダメにはクソダメのルールがあるんだ。それよか絶対に秘密にしとけよ、いいか?」
「ローズマリーとゾーさんには?」
「アイツら、見ただろう? 酒が入るとすぐ自白しちまう。言うなよ」
「そこまで言うなら」右手をあげる。「わかりました」
「本名に誓うか?」
突然そう言われてきょとんとする。え? 本名ですか? 何だっけ?
「シイナタカオだろ、総務に聞いてどうする」
「はあ」手を上げ直した。「シイナタカオの名にかけて誓います」
よろしい、手を下ろしたまえ。偉そうに春日は命じてから
「さっきの答えだけど」
急にまた話を変えた。
「……何か聞いてたっけ、俺」
「ヤナヤツだと思ってるかどうか、だろ? オマエのこと」
「はあ」今さらもういいです、と答えようとしたところに春日が明るく答えた。
「ヘンなヤツだし好きなタイプじゃあない。みんないい人、だなんて女子高生みたいに甘過ぎるしな」
断定され、少し凹んだところに春日がいたわるようにこう言い足す。
「逆に新鮮なタイプだな、特務課のリーダーとしては。面白いから今後ともウォッチは続けたいな。オレは悪の代弁者として、お前の甘っちょろさをいつも認識させるために近くにいてやるよ」
「どういうことですかねえ」
「まあ、よろしくな、ってことですよ」
彼なりの好意の示し方なのだろう。
歪んでいる。十分歪み切っているがやはり、サンライズの方もなぜか嫌いにはなれなかった。
「それじゃあお近づきのしるしに、ですけど」
サンライズは春日について、非常階段を降りかける。春日は絶対、エレベータに乗らないのだという。
「いいたまえ、キミ」
相変わらず偉そうな彼に、言ってやった。
「今度飲みに行く時、付き合っていただきますよ、先輩」
「えええ?」春日はおおきくのけぞった。「オレを殺す気か」
「あんな煙草飲んでる人に言われたくないな」
「オレ、ウーロン茶だから半額でね」
ようやく、ひとつ越えた、という気持ちがあった。
サンライズは意地悪く言って先に階段を下りていった。
「ピロポのウーロン茶、一杯九百円だけど」
「あんな店誰が行くかぁ」
それでも笑い声ががらんとした踊り場に響く。
それを聞きながらサンライズは思う、日々、こうして進んでいけるといいのだが、と。




