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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第2章 こちら新米リーダー・サンライズ
13/32

02

「ふうん」

 春日が目線を外す。なぜか、少しだけその声から角がとれた。

「項目が分かれてないんだよね。現地交通費にも種類があって移動が本来の計画から外れている場合と外れてない場合と、欄を分けるんですよ。その他にも……」

 思ったより、穏やかな物言いだった。

 しかし、サンライズは説明を聞きながらだんだん混乱してくる。


 計画から外れていないかどうか、だって? ずっと外れっぱなしだったじゃあないか。

 春日の説明がどこか遠ざかって聞こえていた。


 今回帰ってきてから注意を受けたのも、そこだった。

 当初の計画から変更が生じた場合にはすみやかに支部に連絡せよ、という指示を無視した点を上から指摘されていた。

 初めの計画は、マニュアル通りに組み立てていた。インド人科学者が隣国ロキスタンの軍関連組織に拉致されそうだという情報に基づき、彼をタイでの学会開催に合わせて安全な第三国に連れ出す、というものだった。

 誘い出す準備は出国前から綿密に行われていた。現地でも着々と任務遂行のカウントダウンは進んでいた。なのに次々とイレギュラーな出来事が発生して、結局はあちこちを駆けずりまわり、追いつ追われつの人質争奪戦、終いには銃撃戦となった。

 別に無視したくてしたわけではないが、いつ、どのタイミングで変更連絡をするかが新米リーダーの自分にはよく分かっていなかっただけだ。

 あまりにも融通がきかずに使えないので何度か注意しているうちに、途中で辞表を出して1人勝手に帰ってしまったメンバーもいた。かなり使えない男だったし、人命に関わるので厳しく叱ったのは確かだが、それだってリーダーの采配不足と言われたらそれまでだ。


 春日がざっと説明を終えた。

 それでも分かりかねて、サンライズは書類を持ったまま立っている。

「あのねえ……」

 春日は弱ったようにボールペンで頭を掻いた。

 その時、袖が上がって彼の手首がみえた。

 ぐるりと取り巻くような深い傷、肉が削れて手首が外れるかと見えるくらいひどい。

 サンライズの目が釘付けになっているのに気づき、春日はさりげなく袖を戻した。

「他のリーダーに聞いてみたら? アンタの近くにいる、ローズマリーとか、あと今居るのは……ユニコーンとかさ」

「はあ」なぜか分からないが、いつの間にか質問が口をついていた。

「その傷、仕事でできたんですか?」

「ああ?」

 あからさまに迷惑そうな顔。「違う」ほぼ即答に近かったが、サンライズは急に気づいた。

 あの傷がもっと生々しい時に、目の前で見ていたのだから。

 この男が現場から、担架で運ばれていくところを。

「リーダーだったんですね。特務の」

 なぜ彼にに絡みたくなるのか、わからなかったが、次々と言葉が出てしまう。

「タートル……」

 思いがけず、強い口調で遮られた。「その名前は出すな」

 男が急に総務から特務の目に変貌した。目線がめまぐるしく記憶をたぐっている。

「そうか……いたんだな、あそこに」

 他チームで、しかもバックヤードのペーペーでも、少しはサンライズという名前に記憶があったらしい。

「アンタもリーダーになったんなら、少しは聞いただろう、あの時の話は」

 サンライズの吊った腕に鋭い目を注いで、彼は低い声でつづけた。

「メンバーは爆死ということになってるが、本当はヤツらに一人ずつ殺られたんだ、なぶり殺しってやつさ。

 オレはずっと、目の前で見せられた、大のオトナが泣き喚きながら殺されていくのをね。最後の一人は命だけは助かったが……ずっと入院している。もう戻ってこれないだろう。落ち込んじまった地獄の闇からは」

 手首を今度は、彼の前に突き出してみせる。

「ここの傷もそうだが、まだ治っていくだけマシだ。殺されたヤツらは戻らないし、心がズタズタになったヤツも戻れない、二度と」

 オレもようやく、ここまで復帰できた、とため息をついて椅子によりかかる。

「それでももう、特務には戻れない。あのフロアに入るのも怖い」

 だから悪いが、自分の問題は自分で解決してくれ。

 そう言うと春日はまた机に向いてしまった。


 彼が抱えるものがサンライズにはあまりにも重すぎた。

 サンライズは黙って自分のフロアに戻った。


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