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半年後、ようやく彼が戻ってきた。すでに季節は秋に入っていた。
「おはよう」
今までと変わりない挨拶で、どこかくすぐったそうな顔をして店の前に立った。
「おはよう、あれ」
白いバンドで腕を吊っているのが見え、オジサンはあわててカウンターから乗り出した。
「またケガしたのかい? だいじょうぶか?」
「うん、オカカとコンブ」
言われる前から、条件反射のようにすでにおむすびを包んでいた。
「仕事先でね、ちょっと転んで怪我した」
「おっちょこちょいだなあ」
そう言いながら包みを渡すと、彼はつい吊ってある方の手を出して
「いてて」顔をしかめながらも笑う。
「こないだ言ってた初仕事は、うまくいったのかい」
と訊ねると
「まあまあかな」
と明るく答えた。
「細かくは色々叱られたけど、まあ結果オーライだった」
「何をやってきたんだい」
ごく普通の日常会話になるように気を遣って、さらりと訊いてみた。相手もあっさりとこう答える。
「インドの科学者が他所の国にさらわれるところだったんだ、危ない武器を作るためにその科学者が必要だっていう国があってね。それで、その人をもっと安全な国に連れて行く手伝いをしてきた」
よくよく考えると、恐ろしげな内容だ。手首がもげそうな人がいた、という話を思い出してオジサンはふと、彼がそんな姿で横たわるところを頭に浮かべ、慌てて連想を断ち切る。
「そうか、がんばったようだね」
これも月並ないい方だったが、目の前の彼は親戚のおじさんに褒められた小学生のようにぱっと顔を輝かせた。
「かなり頑張ったと思う、自分でも」
レシートを手にとって去ろうとしていたところにふり返って
「でもこの話も、内緒だからね」
急に声をひそめたのを、オジサンも共犯者の目つきになる。
「了解りょうかい、ここだけの話だから」
この人はもう、だいじょうぶだ。
満足げに「行ってきます」と言って去っていく後ろ姿をオジサンはじっと見送っていた。




