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この輝けない日々 弥勒の決死圏シリーズ#02  作者: 柿ノ木コジロー
第1章 ここは新横浜・タカハマ屋
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 時は流れ、三年目の春。


 現れると前置きもなく、

「主任になったんだ」

 と彼が言った。固い表情だった。

 よかったなあ、と声をかけると、いつもの笑顔に変わった。

「何だか怖い顔してたけど、何だったんだい?」

「いや」照れ笑いしながら頭を掻いている。

「なんだかね、主任といっても本当に自分に務まるのか、すごく不安があったんだよ。仕事の内容もハードだしね。下についた人の安全も考えなきゃならないし」

「責任のある仕事なんだな」

「うん……なのに、三年でいきなり主任だって」

「早いのか? それは」

 急に彼は顔を上げた。「早過ぎだよ!」

「誰かに言われたのか?」

「みんな言ってるよ」

 彼が言うには、ずっと他所者のような気分で、主任用のデスクに座っていると、周りから次々と声が聞こえてくるのだそうだ。


「みたか? アレ」

「入局三年で、もうリーダーだって?」

「違う、二年だよ」

「中途入局だろ? 前は何? 警察? 自衛隊?」

「ぜんぜん違うらしい」「海外の傭兵か?」

「聞いたか? 郵便局あがりだって、しかも窓口」

「デスクワーク? うへぇ、よく今まで二年も特務でもったよな」

「死ぬぞすぐ」


 オジサンがコメントする。「空耳だよ、きっと」

「だといいけどね」

 精神的に追い詰められているようでもなく、淡々と彼が答えた。

「自分でも思うもの。全く何も知らずに入った職場に仕事……自分でももう二年もここで働けているのが本当に信じられない、ってさ。

 なのにその上、もう主任をやれと言うんだ。辞令ももらった。デスクの上に乗せて、夢じゃないかって何度も見なおしたよ。

 何かの間違いだと思う。他の連中もそう思っているけど、自分が一番そう感じているかもしれない」

 オジサンはいつもの仕事の手を休めず黙って聴いている。彼は独り言のように続けていた。

「オレみたいにあんまり腕力に自信のないヤツは、さっさと辞めた方がいいかな、ってずっと思ってた。他人に対しても責任を持たなきゃなんて、尚さらね。仕事について日も浅いし。ホントにできるのかどうかがずっと心配で」

「まだ心配なんだね」

「もちろんだよ。それにオジサンにも言われるんじゃないかと……アンタはそんなものは辞めた方がいいよ、向いてない。何を考えてるんだ? とか」

「そんなこと思ってない、アンタならできるよ」

 ようやく彼は顔を上げた。

「そうか。やっぱりオジサンなら……だいじょうぶって言ってくれると思ったよ」

「その通り、だいじょうぶさアンタなら」

 そう言いながらオジサンは紙でできたカップを一つ手にとった。

「トン汁、持って行きな、お祝いだ」

 一番高い味噌汁をカウンターに乗せて押し出すと彼は焦ったように

「ゴメン今日外に出るかも、味噌汁はいいよ」

 と返そうとしたので

「バッカだなあ、開けなきゃいつでも食えるじゃねえか」

 無理やり、袋に入れて渡す。

「ホント……いつもありがとう」

 彼は、ありがたく押しいただいた。

 そんな彼にオジサンがしみじみと声をかける。

「主任さんだと、忙しいんだろうな」

「そうだね、多分」

 足を踏み替えている。いつも余裕をもって家から出ているのか、店に寄っても案外のんびりしているが、やはり責任が重くなったせいか、気がせくのだろうか。

「九月には大きな仕事で出張があるんで、これからすぐ準備に入るんだ、またしばらく寄れないかも」

「そうかい、出張で準備か」

「うん……主任の初仕事だよ」

 もちろん詳しく聞き出したい気もあった。どこの国なのか、どんな内容なのか……

 しかし胸の奥で、名前のこともそうだが、どこかでもう少し距離を置いた方がいい、というかすかな声がしていた。

「出張から帰ってきて余裕があったら、また寄ってくれ。顔だけでもみせてくれよ」

 うん、と素直に返事をして、行ってきます、と出かけていった。


「行ってきます、か」

 いつの間にか、そう言うようになっていた。オジサンは笑って見送る。


 それならば必ずまた、帰ってきてくれるだろう。


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