01
「今日は、来ないのか……」
そう一言つぶやくと、タカハマ屋のオジサンは駅の方をそれとなく気にしながら、昔ながらのケースに、おむすびをきちんと並べていた。
新横浜南口界隈に、いつもの朝が始まろうとしていた。
スーツ姿がちらりと目に入るたびに、『彼』なのではないかと身を乗り出し、また店に引っこむ、を繰り返している。
たまにしか寄らない人だったが、必ずいつも「オカカとコンブ」と言う。
何度かに一回は、カップみそ汁を一つ、ついでに買っていく。
最後に必ず「レシートをください」と言う。まあ、慣れて来た頃にはオジサンも自然に渡して、彼も自然に受け取っていたのだが。
なぜかははっきり理由が知れないが、オジサンはいつもその客を待ちわびていた。
新横浜の駅南側、新しくひらけた駅北とは対照的に、やや古めかしい雰囲気の街並みが拡がる。
山を切り拓いた跡が、竹の群生をモヒカン状に乗せた崖が切れ切れに見え、その合い間にアパートや駐車場、古くからここで暮らしている人びとの家がごたまぜになっている。
はるか南、少し高台になったあたりには、次々と宅地が造成されつつあった。
タカハマ屋はそんな中で、手作りのお惣菜やおむすびを商っていた。
お持ち帰り専門のお惣菜屋さんで、朝の通勤時、昼どき、そして夕方近くにはそれなりにお客が立ち寄るが、駅北のような華やかさがないせいか、店先にもまだ田舎町じみたのどかさが漂っている。
狭い店は、店内にお客が入ることはない。窓越しの対面販売のみだ。通りに面したカウンターを挟んで内と外、通行人が立ち止まって買い、中のオジサンが売る。
そんな日常が、40年以上続いていた。
彼が初めて寄った日のことを、オジサンは今でも鮮やかに覚えている。
時は春、桜の咲き誇る四月の始め。
初々しい新社会人や学生があたりを気にしつつも背をぴしっと伸ばしてあちこちから駅を出たり入ったりしている。
そんな中、ひときわ緊張した面持ちで店の先に立ったのが、彼だった。