赤レンガ広場(3)
だから、邪魔するな。そう言いたくて、わざわざ時間をかけて説明してくれたに違いない。
ルカの言ってることは、圧倒的に、「正しい」。
マナというのは察するに、世界を保つ力なんだろう。それを大量消費する邪悪な輩がいれば、そりゃ世界の敵であって、排除しなきゃならない。魔王はきっと、魔族の王様。世界の平和を守るため、勇者様が倒します。うん、よくある王道ストーリーじゃね? 問題まったくなし。
……いやだがしかし。
ロロが語った「みんな」は、ただのあったか家族だったような。
世界を意図的におかしくするような奴らが、孤児を拾って可愛がったりするもんなのか? 魔族って名前はいかにも邪悪そうで、ツノキバ生えたモンスタなイメージだけど、実は普通の人々だったりするんじゃないか? それこそ、僕らのような。
僕は想像してしまう。
神さまか宇宙人かが急に現れて、僕ら人類に向かってこんなことをおっしゃる。
「あなたたち人間は、この地球上から消えるべきです。あなたたちは利己的に他の命を奪う存在です。そして、あなたたちは爆発的に増えすぎています。もはや地球の害なのです。他の生物たちのために、人間には滅亡してもらうことにします」
ハイ、正しいかもしれませんね。でも非常に強引な気もしますよ。てかフツーに滅亡なんてイヤです誰かタスケテ。
「で、あの女の行き先だけど」
おまけにルカは、思い出したかのように親しげに笑んだ。オイオイ、ついさっき本気で首締めた相手に、キラキラしたまぶしい笑顔を向けるなよ……まさかその笑顔で無邪気に宣告したんじゃないだろうな、「おまえら滅亡ッ!」って。もはやキミこそが魔王的存在に思えてくるよ。
「教えてくれるよな?」
邪魔する気はない。けど、なんだか協力する気にもなれない。
まぁつまり、教えたくない。
さて、どうするか。
「……ロロがクリスタルを持ってない可能性を、考えないのか? どっかに隠して、逃げ回ってるだけかもしれないよ」
僕がロロなら、そうする。それに、ロロのカーキのカーゴパンツ。あのポケットの中に、無造作にクリスタルとやらが入ってるとは、考えにくい。
ルカは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「それなら大丈夫だ! あいつにも制約があるから」
ロロは、クリスタルを手放しちゃいけないらしい。許されるのは10分以内または5ディメロン以内。あーまた出てきたよでぃめろん。えっと、5でぃめろんは8~9メートルくらいだったか?
……つか今さらだけど、誰が考えたんだこの勝負とルール。よくできてるような、穴だらけのような。ひとつの世界、民族の命運がかかってるわりに、単純というか手応えないというか。この子たちの説明だけで理解しようとしてるから、そう感じるだけなのか? 本当はちゃんと細かい約款みたいなのがあるのか?
「それよりサイド」
ルカはいきなり、身を投げるように僕の隣に座った。背もたれに片腕をかけ、体ごと僕へ向き、白い歯を見せる。
「あんたやっぱりいいヤツだ。オレのこと心配してくれてるんだな!」
……ハイ?
ああ。さっきのごまかし発言をそう受け取ったワケ?
「この世界の人たち、無表情でオレのこと無視する気味悪いヤツばっかりだけど、たまにあんたみたいないいヤツもいるよな!」
……なんで僕は絆されそうになってるんだ、さっき本気で首締めてきた相手の笑顔に! ああぁッ、ほんっっとタチ悪ぃ! 「ニクメナイエガオ」ってスキルでも発動してんじゃないのかコレ?!
「心配ついでにさ、他にも教えてくれよ。あいつがまだスキル使えるかどうか、知ってるか?」
くそ、負けっぱなしでなるもんか。くらえ反撃、ハッタリスキル。
「ロロのスキルって……アレのことか?」
「そ、アレ。偽物のクリスタル作れるなんてさ、反則だよなー」
いやいやワープの方がだいぶ反則。
「あんなのに何回も騙されたら、キリがないからさ」
なるほど。やっとつながった。
僕のカバンを引ったくったとき、ルカは偽物をつかまされてたわけだ。ロロはルカを必死に追いかけることで、本物のクリスタルだと信じ込ませ、時間を稼ぎたかったんだろう。
僕が台無しにしましたけどねッ。ごめんロロ、わざとじゃないから許して。
「たぶん……」
罪悪感も後押しして、僕は言葉を濁した。
「もう、ロロはスキルを使えないんじゃないかな? キミがワープしてくる直前、すごい怯えてパニくってたんだ。もう打つ手がなくて、追い詰められてたんだと思うよ」
実際そうだったに違いない。
「へ~。ちなみにさ、あいつ、カネ持ってる?」
「さぁ? 少なくとも、僕はあげてない」
「よしっ」
ルカは満足そうに笑んだ。そして、右斜め前方、山下公園の方を指差した。
「あいつが行ったの、あっちだろ。
ここに座ってあんたと話して、それからどっか行くってなったら、普通はあっちだ」
はい、ご明察。
左側に海が広がり、真後ろは赤レンガ倉庫2号館。自然と視界に入るのは、右斜め前方、赤レンガ1号館脇の整備された道だ。ロロの「逃げなきゃ」という心理状態からして、「戻る」という選択よりも「どこかへ進む」という選択が優先されるのは明らかだった。
僕の無言を、是と読んだらしい。そもそも、自分の推理に確信があったんだろう。ルカは実に身軽な動作で立ち上がった。
「今、何時だ?」
僕は腕時計を見て、答えた。
「16時46分」
「うん、いい時間だ!
じゃあな、サイド。今度こそサヨナラだ。うまく世界を救えるよう、祈っててくれよ!」
明るく無邪気に手をふって。
勇者は颯爽と、走り去って行った。
……ため息ひとつ。
僕はまた、ぼんやりと物思いに沈む。
自らの世界に対して真剣に、必死に向き合うあの子たちに、感化されたせいだったのか。
僕は海風を感じながら、このセカイについて、ちょっとだけ思いを巡らせてみる。
もしも。
「人間は地球の害だ」とか言われちゃって、人類の命運を賭けた勝負を、何者かに挑まれたとしたら。
僕らはロロのように立ち向かうことはせず、仕方がないと納得すべきだろうか?
核やら民族紛争やら環境破壊やら。確かに僕らは、自分らで自分らの平和を脅かしてる、問題だらけのイキモノですが?
しかもそれらを解決できるメドも、今のところたってないわけですが?
日本や欧米は少子化問題叫んでるけど、世界規模で見れば人口は爆発的に増え続けてて、食糧問題が深刻になりそうですが? しかし一方で、肥満に悩む贅沢な国と餓死に悩む貧しい国が存在しますが?
先進国と発展途上国の利害得失がもはや複雑に対立し過ぎてて、さらには資本主義と共産主義の対立という背景もあって、すべてにおいて解決の糸口すら見えないグッチャぐちゃカオスな状態、ですが?
……ああぁッ、ダメだ。
話の規模がデカすぎて無理ッ!
とてもじゃないが身近には感じられないし、僕に何かできるわけでもない。
こりゃ結局、異世界の出来事と同じだな。どうでもいいわけじゃないけど、ぶっちゃけ関係ないや。今のところ日本は平和で、僕の日常は安泰。それでいいじゃないか。
僕は考えるのがイヤになって、いい加減やめようとして、
そこで、ハッとしたんだ。
あれ? なんか……
世界を救う、方法?
それっぽいの、ひとつ。
思いついてしまった。
時刻は16時55分になろうとしていた。
僕はひとつの決意を胸に、赤レンガ広場をあとにした。
向かったのは山下公園ではなく、日本大通り駅。予想的中なら、僕はそこで、うまくロロとだけ再会できるはずだ。