赤レンガ広場(2)
え、ちょ、なんでルカがここにいんの? しかもこんな早く? っつーかなんでロロじゃなく僕のトコに来てんの何か用ッ?!
思考がまだカオスのうちに、胸ぐらをより圧迫された。右腕一本で、ルカは僕を持ち上げんばかりに力を込めてくる。反射的にその腕をつかんで遠ざけようとしたものの、びくともしない。どうやら僕の両腕、ルカの右腕一本以下みたいです。見た目フツーの腕してるくせに。やっぱ勇者なのか? 例に漏れずステータス最強なのかッ?!
「あの女の居場所、吐け」
押し殺された声音の下で、マグマが渦巻いてる。烈火の怒りとは、まさにこのことだ。しっかし、裏切られたと思ってるんだろうから怒るのはまぁ当然としても、ルカの様子は、
え、そこまでッスか?
とドン引きするほど容赦ない。それなりに打ち解けた相手に対する情とかそーゆーの、ないんでしょうか?
「ちょ、苦し……」
まぁ落ち着けよ、といったふうに笑ってみせたら、今度は呼吸もままならないほど締め上げられた。げえぇヤヴァいよこれマジで首締めてきてませんか?!
「や、知ら、な…」
なんとかそれだけ言うと、忌々しげに突き飛ばされた。痛い。首もと解放されたのはありがたいけど、人のことゴミくずみたいに扱うんですね、容赦なさすぎでコワいです。
ルカは僕の眼前に立ったまま、苛立った様子で頭をバリバリ掻き、こう吐き捨てた。
「けど、オレのスキルが発動した時、チカテツであいつを逃がしたろ! あんた以外に考えられない! 関係ないくせに首突っ込んでくんな、こっちは遊びじゃないんだ!」
ルカが僕を探した理由。
僕を見つけることができた理由。
それらに思い当たり、僕は驚愕した。
ルカは、あの状況だけで把握したのだ。ロロが地下鉄で逃げたこと。それは、16時にルカがワープすると知っていた僕の入れ知恵であること。
だから、ロロへの手がかりとなる僕の行方を追った……auショップへ行って。僕が得意気に説明してみせた手順を踏んで! たった一度かけただけの僕のケータイ番号を暗記してたんだ!
しかもこの短時間で追いついたということは、地下鉄に乗ったに違いない。ビビンバのお釣りで十分乗れるもんな。周りに聞きまくりながら事をガンガン進める姿が、ありありと浮かぶよ。
なんて記憶力と行動力!
やっぱ勇者=最強、チート!!
僕はビビッてんのがバレないように、できるだけ堂々と、ルカを見上げた。
虚勢を張るのは得意です、僕だってこれでもスキル持ってんだぜ! くらえ、営業で鍛えた世渡りスキル! その名もハッタリ&ごまかし!
「確かに、地下鉄でロロを逃がしたのは僕だよ。でも、君の敵に回ったつもりはないし、ふざけてるわけでもない。まず話を聞いてくれ」
するとルカは不意に怒気を引っ込め、腕を組んであっさりこう言った。
「いいよ」
エッ、いいんスか?
「でもそんなに時間ないから、早くな」
……ハイ。
焦るな、と自分に言い聞かせる。僕には特別やましいことはない。きちんと説明できれば、問題ない。
「僕は、わかってなかったんだ。キミもロロも2人そろって、自分が世界を救う、って言ってるから。
で、とにかくケータイを取り戻そうとしたら、ロロに泣きつかれちゃったんだ。だから、逃がしてあげた。
……でもそのあと、ここでよく話を聞いたら、さ」
なぁ、わかるだろ?
そんなニュアンスを含ませて続きを託せば、ルカは腕をといて肩をすくめた。
「だよなー。
あの女、イカれてるよなー」
……ん?
いやいや。イカれてるのは、どっちかというと、キミの方じゃね? 人のもの(僕のカバン)ばかりか、そのへんに売られてるもの(今着てる白シャツ)すら「当然オレのもの」みたいな思考、ジャイアンよりタチ悪いからね。
……っつーか、真面目な話。
ロロは本当に、「普通」の子だと思う。
さっき見た、うなだれた姿や頼りない背中。あんなふうに自分のエゴと社会正義の狭間で苦悩している様には、ひどく共感してしまう。小さく無力な身体で、無謀と理解しながら、それでも想いを遂げようと、立ち向かってるんだ。それが褒められた目的のためじゃないとはいえ。
人間ってそういうふうに、複雑な感情を持て余すものなんじゃないか? 賞賛しつつも、やっかんだり。期待と不安が半々だったり。頭でわかってても、心がついてこなかったり。
ロロは、弱くてブレてて苦しそうで。言っちゃえば、カッコ悪かった。
でも、とても、人間らしかったんだ。「普通」だったんだ。
一方。
ルカからは、そういう人間らしさを感じることができない。
さっきの容赦のなさも、その一端。この子にとって、怒りは怒り。ただそれだけ。他の何かが混じるスキなどない。おそらく、喜怒哀楽、全てにおいてそうなんだろう。彼がもつのは、単純かつ純粋なひとつの感情のみ。
だからこそ。
子どもみたいにキラキラ笑う。怒りを真っすぐぶつける。小さなことでブレたりしない。迷いも苦悩も煩いもなく、信念を貫ける……てか、そうでなくちゃ困る。だって勇者なんだから。揺るがず使命をまっとうしてくれないと。カッコ良くて芯の通った、人類の希望でいてくれないと。
そうさ、それで問題ない。
……なのに。
人間らしさに欠ける、あまりに真っ直ぐな振る舞いは、僕のような凡人から見ると、どっかおかしく映るんだ。あー、わかった。きっとアレに近い。狂信的な宗教信者さん。疑問も迷いもなくいろんなもの捧げちゃってる、あの感じ。
無邪気です純粋です憎めません、でもふとした時にコワいですなんか違いますお近づきにはなれません。うん、これがルカにぴったりの言葉だな。
「魔族なんかに情移しちゃってさ」
ルカは軽く口をとがらせ、子どもがだだをこねるみたいにグチった。
「あいつらは生きてちゃダメな奴らなのに。世界の害なのに」
……これはまさか、ロロの言った「大切な人たち」の話をしてるのか?
「世界の害?」
あまりの言いぐさに思わずオウム返しすると、ルカは目をパチクリさせた。
「なんだ。あいつから聞いてないのか」
そして、ご丁寧にも彼らの住む世界の設定について、語ってくれたのだった。
「魔族は、生きてるってだけでマナを大量消費する民族なんだ。だからオレの家系が代々、間引きして数をコントロールしてきた。
けど、あいつら最近急激に増えて。なぜか、間引いても間引いても、全然減らなくなっちゃったんだ。
そのせいで、世界がおかしくなってる。マナのバランスが崩れてるから。日照りが続いたり、いきなり大嵐が来たり。こないだなんて、地面が揺れて、山が噴火した。いろいろ環境が変わっちゃって、絶滅する動物も出てきてる。
世界の危機ってヤツだよ。このままだと、オレたちも他の民族も、平和に暮らしていけなくなる。
だからもう、魔族には滅亡してもらうことにしたんだ。
世界のため、みんなのためにさ」