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赤レンガ広場(1)

 馬車道駅で地下鉄を降り、僕は駅前のコンビニでペットボトルを2本とサンドイッチを買った。

 ロロはやっぱりお腹がすいてたらしく、一心不乱に飲み食いした。赤レンガ広場のベンチに座ってゆっくり、と思ってたのに、着く前に歩きながら平らげてしまった。

「おいしかったー! 元気出た、ありがと!」

 目を閉じ、全身で叫ぶように感謝するロロ。なんだなんだ、素直でかわいいじゃないか。

 ケータイは、地下鉄内ですでに返してもらっている。ロロはケータイを「ルカとつながっていて場所を教えられる何か」だと思い、それを阻止したくてとっさに奪ったのだそうだ。そして奪ったはいいが、恐くて一切さわってないらしい。

 うん。タカシマヤ前でなんの確認もなしに駆け寄ってきた点も含めて、ロロは短絡思考の持ち主だな。ぶっちゃけ言えば頭があまりよろしくない。まぁ、いきなり未知の世界に来ちゃって、不安だらけなのもあるんだろう。これが普通と言えば普通なのかもしれない。

「あのさ、ロロ。聞いてもいいかな」

 ようやくベンチに腰掛けてから切り出すと、ロロは決まり悪そうにふくれっ面をした。

「ヤダって言ったって、どーせ聞くんでしょっ?」

 ツンツン少女、復活。気持ちに余裕ができた証拠だろうな。

「ルカからも話を聞いたんだけど。キミたちは勝負をしてるんだよね。でも2人とも、世界を救うのが目的だって言ってる。

 それって、どういうこと?」

 ロロは小さな唇を、ぐにゃりと歪めた。青い目で、赤レンガ広場と、その向こうの赤レンガ倉庫1号館を、睨むように見つめてる。

 その横顔は苦悩に満ちていて、僕は心配になってしまった。そんな顔をするにはまだ子どもすぎやしないかい、お嬢ちゃん?

「サイドには」

 やがてロロは、僕を見ないまま聞いてきた。

「大切に思う人、いる?」

 僕も赤レンガの広場と壁に目を向けながら、思い浮かべてみる。

 田舎の両親や、妹。気の置けない友人たち、飲み仲間。幼なじみ、恩師、親戚の叔父さん、職場の同僚たち。なじみの営業先の担当者さん……

 そういえば、仕事仲間は別として、他の人たちとは忙しさにかまけて疎遠になってるな。普段はすっかり、頭の中から消えてる。けれど、大切なことには変わりない。

「そりゃあ、いるよ。たくさん」

「その人たちのこと、何が何でも、命かけてでも、守ってあげたい?」

 命て。

 さすがに返答に詰まる。そんな究極の選択、迫られてみないと。

「わからない……なぁ」

 去年別れたカノジョに対しては、考えたことがある。でも、それはあくまで当時一時の感情だ。今は薄れて、ペラッペラ。……やば、なんか落ち込んできた。忘れよう。

「ロロには大切な人がいて、その人を守るために、ルカと戦ってるってこと?」

 ロロは、叱られた子犬みたいにシュンとした。

「ダメだよね。わかってる、自分勝手だって。

 でも、大好きなの。彼のことはもちろん、周りのみんなのことも。

 だって、あんなに優しくしてくれた人たち、初めてだったんだもん。あたし、孤児なのに。みんな、家族みたいに受け入れてくれて、頭なでてくれたんだもん。

 それなのに、全員、消されちゃうだなんて。耐えられないよ。ひどすぎる。それって、世界が消えちゃうのと同じだよ。

 だから、守りたい。この勝負に勝てば、彼もみんなも安全が保障される。理不尽に命を奪われたりもしなくなる」

 なるほど。

 正確に言うと、「ロロにとっての世界」を救う、ということだったのか。ウソではないけどうまくごまかしてました、ってやつだ。

 さて、しかし……これだとやっぱり、ルカが相当な悪者だ。あいつ、あんな無邪気なくせに、まさかの大量虐殺をくわだててるのか?

「ルカはなんで、ロロの大切な人たちを消そうとしてるの?」

 ロロはしょげたまま、つぶやくように答えた。

「勇者だから」

 ついに出てきましたか、その単語。

「へぇ……ルカが、勇者、ねぇ……」

 ちょっとイメージ違うけど、着せるもの着せて剣持たせて黙らせとけば、まぁ悪くはない。あんなにいろいろとズレてていいのか?って気はするが。

 ……いや。

 もしやあの常識のなさはアレか? 人の家に勝手に入り込んで薬草とか装備とか取ってっちゃうあのノリか? そこらへんの宝箱とか手当たり次第に開けて中身持ってっちゃうあのノリ! そうか、そういうことだったのか!

「勇者だから、か!」

 あまりに納得してしまい、思わず声に出した後で、ふと疑問が浮かんだ。

 ルカは勇者だから、ロロの大切な人を消そうとしてる?

 ということは。

 ……そうだよな、それしかないだろ。


 ロロの大切な彼=魔王的存在。


 ままマジかぁーッ!

 僕は思わず、額に手を当てて渋面になってしまった。

 この状況、魔王様に恋しちゃったフツーの女の子が、勇者に戦いを挑んでるってことか? どんだけ無謀な設定だよ、聞いたことネェそんなもん! 絶対勝てねーし、つか勝っちゃダメだしッ! だいたい勇者と魔王、なんで直接戦わねんだよコンニャロおまえらそれでも男かッ!

 ……待て待て待て。いささか暴走気味だ落ち着け僕。まだロロの想い人=魔王的存在と決まったわけじゃない。

「ロロ、キミが守りたい人は、なんで勇者に倒されなきゃならないんだ? 

 もしかして、魔お……その人は、何か悪いことしてる?」

 少女はいよいよ苦悩を深めて、頭を重たそうに振った。

「悪いことなんてしてない!

 でも……これ以上は、言いたくない」

 ああぁッ、ゲームオーバー!! やましいことがあるわけだ魔王的存在なわけだッ!

 そういうことなら、これ以上何もしてあげられない。さっきルカから逃がすのを手伝ったのだって、間違いだったかも。やっちまったな僕。知らないうちに魔王に肩入れ。サーセン、異世界のみなさま。知らなかったんです許して。

 けど、なんだか、かわいそうな気もするな。話が全て本当なら、この子はただ大切な人を守りたいだけ、それだけなんだ。

 こんなふうに、「世界を犠牲にしてでも愛を貫き通して戦いました!」なんてストーリー、あってもおかしくないような。

 ……いや、それって、その他大勢の人類からしたらハタ迷惑な話だな。うん、ないわ。申し訳ないが、そういう愛なら貫かないでいただきたい。「愛は世界を滅ぼします」とか、ブラックすぎて笑えねー。

 ロロはしばらく、無言で僕の隣に座っていた。

 僕もそれ以上は何も問わずに、平日夕方の赤レンガ広場をぼんやりと眺めた。

 残暑の熱気はすでに和らいでいて、海風が心地よい。横浜駅周辺に比べて、みなとみらいは人がまばらで静かだ。カモメが呑気に鳴いていて、ハトがそこらを歩き回っている。のんびりした空気だ。若いカップルはもちろん、小さな子どもを連れた母親や、お散歩老夫婦の姿も見える。

「サイド」

 呼ばれて、僕は隣へ顔を向けた。

「あたしが勝てる見込みって、あるのかなぁ?」

 ロロのの大きなブルーアイが、不安そうに揺れている。

 僕はそれを見て、何かを思い出した……ああ、あれだ。あの青い宝石。入社当時に法人向け営業カタログの表紙を飾ってた、パライバトルマリンだ。綺麗なネオンブルーが特徴で、1カラットあたりの価格が……って、軽く現実逃避してる場合じゃない。何か言ってあげなきゃな。でも何を?

 ロロは僕の表情を読み、寂しそうに笑んだ。

「そうだよね。わかってる。

 もうスキルも使っちゃったし、制約のせいでどうしよもない。ルカはあと1回、ワープしてくる……。

 でも……あきらめるわけにはいかないから。

 もう、行くね」

 ロロは、深呼吸して立ち上がると、意を決したように、山下公園の方へ駆けて行った。

 頼りない、小さな背中。

 ベンチにかけたままそれを見送って、僕は苦いため息をついた。

 ……なんっっつー寝覚めの悪い終わり方なんだ。

 どーしてくれんの、この鬱なモヤモヤ感。やっぱタカシマヤ前で強制終了にしとくべきだった。勇気ふりしぼって、泣いてる女の子からケータイむしり取ってオサラバすれば良かったんだ。そんなこと絶対できないっつーかできなかったからこうしてるわけですけどッ。

 僕は、しばらくベンチでボーッとしていた。矢継ぎ早の非日常、非現実的な一連のせいで、頭が休息を必要としていたのかもしれない。何も考えたくなかったし、妙な疲労感があった。ぼんやりと、ただ海風を心地よく感じていた。

 だから、全く気づかなかったんだ。

 いきなり眼前に現れた影。

 ネクタイの付け根を乱暴に引かれ、直後に、今度はベンチの背もたれへ乱暴に押しつけられた。衝撃で一瞬、視界が途切れる。

 はッ?! 何なにナニ何が起きた?!

 理解できないままに見上げれば、

「あんたが敵に回るなんてなぁ、サイド」

 ルカが怒りに燃える瞳で、僕を見下ろしていた。


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