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みなとみらい線(1)

 実際、通行人たちはチラ見するだけで足早に通り過ぎてたし、待ち合わせかなにかで周辺に立つ人々も、遠巻きに様子見してるだけだった。子どもが思いっきり泣いてれば「迷子だ保護!」となるだろうけど、ロロはそこまで幼くもないし、声を抑えて静かに泣いてる。どーしたもんだか、ハタから見て判断できない。しかも、服装のおかしなブルーアイときた。ナンパ男のためらいに激しく共感するよ。

 忘れちゃいけない。ここは大都会横浜。そして、僕も例外なくその一部。ぶっちゃけ、周囲にならって「誰かなんとかしてやれよアレ…」と生ぬるい視線で傍観したい。

 しかし……ケータイを取り戻すためには、関わらないわけにはいかない。はぁー、今日はまさしく厄日だな。

 ロロは、近づいてくる僕に早い段階で気づいた。泣きながらでも警戒は怠っていなかったようだ。

「サイド!」

 わあぁッ! ちょ、泣きながら名前呼んで駆け寄るとかやめれッ! 周りの視線がキツすぎて変な汗出ちゃうから!

「お願い助けて! 全部謝るし返すから、助けて!」

 必死にすがって見上げてくる、愛らしいハムスター系の泣き顔。第一印象の強気ツンツン少女との激しいギャップ。

 はいノックダウン。あっさり絆されましたアホな僕。

「わ、わかったから、落ち着いて」

 さすがに触れるほどには親しくないため、僕はまぁまぁと言ったふうに両手を上げてみせた。すると、ロロの身体に緊張が走る。視線の先には、僕の手にあるカバン。

「あ、大丈夫。ルカは近くにいないよ。これを取り戻してから、別れてきたんだ」

 先回りして安心させると、ロロは再び顔をくしゃりと歪めた。泣き濡れた声で、頼りなく訴えてくる。

「でも、もうすぐワープしてくるかもしれない」

 出たよルカチート説。

「さっきは14時ちょうどだったの。15時には来なかったから、次来るとしたら16時」

「あー、うん、そう言ってたなぁ」

 ロロが目をむいて、僕のワイシャツをつかんだ。

「あいつが、16時って?!」

「うん。なんだっけな。3回ワープできて、次は16時に予約した、らしいよ」

「……3回!」

 ロロは悲痛に叫ぶと、また泣き出してしまった。

 いやいや、お嬢ちゃん。

 14時に出会っちゃったのは、きっと偶然だよ。ゲームの中と違って、人間は瞬間移動なんてできないんだよ。だから怖がらなくていいんだよ。

 って言っても、ムダだろうなぁ。

「お願い、助けて。あいつがワープしてきたら、あたし、逃げ切れる自信ないよ。クリスタル、今度こそ取られちゃうよ!」

 余裕っぷりだったルカに対して、ロロのこの怯えようはなんなんだ。ほんっといちいち謎だよこの子たち。

 僕は時計を見た。腕時計ではなく、横浜駅の大時計。ロロもこれを見ていたに違いない。

 時刻は15時51分。

 まぁ……ワープなんて有り得ないけど、ロロを落ち着かせるためには、なにか提案して実行してあげるべきだな。そのうえで、ゆっくりケータイを返してもらえばいっか。

「いい考えがあるよ。説明してる時間はないから、行こう」

 僕はロロを促し、横浜駅構内へ向かった。電光掲示板を見ると、16時ちょうど発の元町・中華街行きがあった。ラッキー。

「地下鉄、乗ったことある?」

 ロロの分の乗車券をサクッと購入しながら聞けば、答えはやっぱり否だった。改札の通り方をサポートしてあげて、乗り場まで急ぐ。あと2分だ。

「今から、早い乗り物に乗って逃げるよ。16時にドアが閉まって出発するから、ルカが来ても追ってこれない」

 わかるかな?

 わかんないよなきっと。

 案の定、ロロは怯えたように、ホームの人並みを見回している。追い討ちをかけるように、地下鉄がホームへ入ってきて、風を巻き起こした。ロロは飛び上がって何か叫んだ。うん、初めてだとこれは驚くね。音もスピードもハンパないもんね。

 ドアが開き、乗客が吐き出され、新たな乗客が吸い込まれる。急行待ちの人々の列も相まって、ホームはまさにカオス。

「今だ、乗るよ」

 ドアが閉まります……のアナウンスが始まってから、僕はロロの腕を引いて乗車した。

 ご注意ください……

 アナウンスの続きを聞きながら、僕はドア脇に立ち、ホームを眺める。退屈そうに次の急行を待つ人々は、たいていがケータイをいじるか、新聞書籍を読んでるか、イヤホンで音楽を聞いているかだ。それはごくごく見慣れた、日常の1コマだった。

 なのに。

 次の瞬間、僕は戦慄した。

 ……閉まりゆくドアの向こう側に、見て、しまった。

 列に並んでいた、1人の男子学生。

 どこかの高校の制服を着て、重そうなスクールバッグを肩に背負って、ケータイを一心不乱にいじっていた、ごく普通の、学生だ。

 彼が、一瞬でルカになった。

 白シャツジーパン手ぶらのルカに。

 一瞬で、変わった。

 他に説明しようがない。

「場所入れ替わりましたが何か?」と開き直ったみたいに、パッと、ルカになったのだ。

 同じく目撃したらしいロロが、「ヒッ」と声にならない悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。

 ドアが閉まった。

 見たものを僕が理解・消化できないうちに、地下鉄はゆっくりと走り出す。

 徐々に遠ざかっていくホームでは、ルカが必死に周りを見回していた。しかし、僕らに気づいた様子はない。



 ………ええぇえぇぇッ?!

 マジすか、これ。

 あんな大衆の面前で、神隠しがおきましたよ!

 他に気づいた人いなかったのか?! もし防犯カメラに映ってたら、世紀の大スクープですよ!! つか男子学生どこ行った? まさかダイエーのフードコート?!

 僕は声も出せずにいたが、地下鉄が次の新高島駅に滑り込み、ようやく我に返った。自分を守るようにドア前にしゃがみこんでいたロロへ呼びかけ、空いていた座席に並んで座る。

 こりゃ、ヤバい。

 見てしまったからには、認めるしかない。

 この子たちが今まで言ってたこと。

 なんだっけ?

 神の天秤? 世界を救う戦い、だっけ?

 クリスタル、だっけ?

 ワープ? スキル? トゲトゲ竜? 魔王? 魔術? マナ?

 んん? いろんなRPG混ざりすぎじゃね?

 いやいや違う、ゲームじゃなくてこの子たちは現実にここにいて……でもゲームみたいな世界からやって来たっていうのか??

「すごい速さで、逃げてる」

 ロロが窓を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。僕の混乱具合をよそに、すっかり落ち着いたみたいだね。うらやましいよコンチクショー。

 地下鉄はみなとみらいをすでに過ぎて、その先の馬車道駅へと向かっていた。

「ありがとう、サイド」

 心底安堵した表情。信頼の光が灯るブルーアイ。

 待て待て、マズいって。

 そんな目で見られたら、スルーできなくなっちゃうじゃないか!

 ケータイ取り戻して終了、あとはお好きにどうぞ。ここはクールに去るべきだろ。異世界のことなんて、首突っ込むべきじゃないしだいたい手に負えませんて。自分のことだけで日々精一杯なんですッ!

 ……でも。

 正直言えばひとつだけ、気になってしまってることが、あった。

 無邪気で憎めない、チートな少年。

 実はごくごく普通の、泣き虫少女。

 一体どっちが本当に、世界(?)を救おうとしてるんだ?

 一体どっちが、ウソをついてるんだ?


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