ダイエー(2)
とはいえ、フードコートで感動しながらビビンバを貪るルカは、無邪気でやっぱり憎めない。ロロの言うような世界を滅ぼそうとたくらむ人間には到底見えないが、そこんトコどーなんだ。
「あのさ、ルカ。キミとロロのやってる遊びのことなんだけど」
「あほひぢゃらいひ!」
うん、「遊びじゃないし」って怒ったんだね。わかったから、早く口の中のものを飲み込もうか。
「なんで追いかけっこしてんの?」
「世界を救うために決まってんだろ!」
それはご立派だが、ご飯つぶ飛ばしながら言うセリフじゃなくね?
「本物のクリスタルを壊せば、オレの勝ちなんだ!」
「キミが勝ったら、どうなるの?」
「みんな助かって、世界が救われる!」
キラキラした不敵な笑み。まぶしいなー。言ってることはひたすら意味わかんないけど。
「世界って、この地球のこと?」
「いんや。オレが住んでる世界」
ハイ了解。異世界ってことデスね。もういいッス面倒だからキミたちはどっか異世界から来たってことで。
「神の天秤だよ」
ルカはロロと同じく、ファンタジーな説明を始めた。
「対決を公平にするために、別の世界が戦場に選ばれるんだ。ここは魔術もマナもない世界なんだってな。やっと分かってきた。
あんた……そういや名前聞いてないや」
「道祖土。道祖土耕太郎」
「サイドな。これはオレたちの世界の問題で、サイドは関係ない。だから、安心しろ!」
いや無理ッス。すでにかなり巻き込まれてますがご理解いただいてないようで。
「ようっし。腹いっぱい!」
事情聴取が思うように進まないまま、ルカはビビンバを平らげてしまった。
「今、何時だか分かるか?」
聞かれて僕は、腕時計を見た。案外、時間が経っている。横浜駅でカバンを引ったくられてから、すでに1時間ほどだ。
「3時10分だよ」
ルカは満足げに笑んだ。
「いい時間だ! さ、あの女の居場所教えてくれ」
「ここじゃ分からない」
一気に不満顔になったルカへ、僕は簡単に説明をした。ロロが僕のケータイを持っていること。auショップへ行けば、ケータイの現在地を教えてもらえること。場所は大ざっぱだが、闇雲に走り回って探すよりは、ずっと効率的であること。
「それって、どのくらい時間かかる?」
ルカは渋い顔で尋ねてきた。
ここから相鉄のauショップまで、徒歩10分くらいか。待ち時間があったとして、事情説明と手続きで……
「30分から40分くらいかな?」
とたん、ルカは両手を頭の後ろへ組んで、椅子の背もたれに体を預けた。
「却下。オレ行かなーい」
「…は?!」
「行かないったら行かなーい!」
なぜ急にダダっ子!?
「ここで休んでるよ。水飲み放題だし」
「いやいや意味わかんねー! 必死に追いかけたりいきなり余裕かましたり! どっちなんだよ?!」
「だって、あいつがケータイどっかに捨ててたら、それやる意味ないじゃん」
ルカは椅子の重心を後ろに傾け、グラグラさせながら僕を一瞥した。
確かに、ごもっとも。ケータイが目的の僕にとっては問題ないが、ロロが目的のルカにとっては、くたびれもうけになりかねない。
「それに、16時になればスキルが発動して……あー、説明すんのめんどくさいな。この勝負にはさ、ルールがいくつかあるんだよ」
ルカの非常にダルっそうな物言いの説明をまとめると、こうだ。
まず、神の天秤という彼らの戦い(?)は、日本時刻の13時からスタートしている。それは、互いに相手がどこにいるのか、全く分からない状態から始まる。
制限時間は、5時間。その間に、クリスタルを破壊できればルカの勝ち。クリスタルをルカから守りきればロロの勝ち。
その単純なルールに加えて、互いにひとつずつ「制約」を課され、一方で「スキル」というものをもたされている。
制約とは、それぞれが勝負の最中に守らねばならない縛りのようなもので、やぶれば即、負け。それぞれの制約の内容は、本人はもちろん、相手にも知らされている。
スキルとは、それぞれが事を有利に進めるための、特別な力、らしい。それぞれのスキルの内容は、本人だけが把握しており、相手には知らされていない。
「オレの制約は、あの女に危害を加えてはいけない、ってやつ」
「危害って、どの程度?」
「さぁ?」
参ったねー、という感じで肩をすくめるルカ。
「で、オレのスキルは、勝負内に3回、あいつの半径5ディメロン以内にワープできる、ってやつ」
ハイきましたド真ん中異世界トーク。もはや意味不を通り越して興味深いよ。
「でぃめろんって何でぃめろんって?」
新種の果物ですか? それともキャメロン・ディアスって言おうとして間違えちゃった?
「長さの単位。1ディメロンがあんたの身長くらいだよ」
175センチ。5倍すると……だいたい8~9メートルくらいか。へー、知らなかった。僕の身長は1でぃめろんらしいよハハッ。
「あと、ワープって何ワープって」
「一瞬で移動すんだよ」
それは知ってマス。
「できるのそれ?」
「14時にはふつーにできた」
フツーにて。どんだけチート。
「次は16時に予約してあるんだ。だから、確実じゃない情報で動くより、ここで休みながらワープを待つ。次で決着つけるつもりだから、体力温存しとくよ。
ってわけで、サヨナラ」
ヒラヒラと笑顔で手をふるルカ。
僕には2つの選択肢があった。
ひとつは、ここでルカと別れ、予定通りケータイ探してロロと再会し、ワープしてくるルカを目撃すること。
もうひとつは、ここでルカと別れず16時まで一緒にいて、ワープして消えるルカを目撃すること。
……どっちも有り得ねえぇッ!
っつーわけで、選択肢その3。ルカと別れ、予定通りケータイを取り戻したらサクッと日常へ戻る。
「わかった。じゃあ、ここでお別れだな」
なんだか釈然としないが、よく考えれば、財産を取り戻したんだからこれ以上この子に用はない。
「もう盗みはするなよ。カネは働いて稼ぐんだ。僕からは、それだけ」
社会貢献のつもりで釘を刺すと、ルカは白い歯を見せて笑った。
「あんた、いい奴だな! 盗ったのがあんたのカバンで良かった! ありがとう!」
ああぁッ! 最後まで発言がズレてる!
しかし、その無邪気すぎる笑顔に、僕は思わず苦笑いで応えていた。おかしな子だが、やっぱり憎めない。
ゲームばかりで現実を知らないと、こんなにも無知で、無邪気な人間が作られるんだろうか……恐るべしゲーム脳。ゲーム大国日本の将来を案じずにはいられないよ。
auショップでは、待ち時間もたいした手続きもなく、すんなりとケータイの位置情報を聞き出せた。
場所は、横浜駅西口タカシマヤ付近とのこと。auショップからほんの徒歩5分だ。変に遠くへ行かれてなくて良かった。
時刻は3時45分。
歩きながらそれを確認し、腕時計から目を上げた僕は、タカシマヤ前、地下鉄乗り場のそばに立つロロを見つけた。
まだ距離があったにも関わらずすぐに発見できたのは、彼女が非常に目立ってたせいだ。たくさんの人々が行き交うそこで、ロロは人目もはばからず、
なんと、ボロ泣きしていた。
ええぇ!? ちょ、何があった!?
っつーかこれ話しかけづらッ! 泣いてる女の子最強ッ! どどどどうしよッ!?