ダイエー(1)
決めた。今日は仕事サボる!
普段まじめに営業先回ってるし、そこそこの業績上げてるんだ。バレたところで、たいしてお咎めなしだろう。
あの子たちの意味不な鬼ごっこのさらに上をいって、財産もケータイも全部取り戻してやる。意地でもやってやる!
僕はダイエーの方へ移動しつつ、彼らの捕獲計画を練った。
フフ……大人の計算高さと現代テクノロジーをなめるなよっ。
20分後。
まず、あっさりルカを捕まえた。
シャツを羽織ったハーフっぽい男の子を見かけたかと聞き込みをしたら、ダイエーの中に走っていったというので、サービスカウンターに行って館内放送を流してもらったのだ。
『外国からお越しの、ルカ様。外国からお越しの、ルカ様。ロロ様がお待ちです。1階、サービスカウンターまで、お越しくださいませ。繰り返します…』
我ながら、吹くわ。滑稽すぎて。
僕はこれを、カウンターの美人お姉さんにお願いしたわけです、ええ、もはや罰ゲームの域デスよ。
でも、一番確実かつ効率がいい。ルカはさっきの様子からして、手当たり次第に人に聞いて行動に移すタイプに違いないから。
ちょっと離れた売り場の陰に隠れ、待つこと5分強。
「おい! さーびすかうんたーってここか?!」
来た。颯爽と走って。
「ここなのか! あの女はどこだ?!」
カウンターのお姉さん、顔引きつらせて困ってます。なんか申し訳ないッス。
僕は無言でツカツカ歩み寄って、騒々しい少年の腕をつかんだ。
ルカは僕を見て「あー!」と叫びはしたものの、焦ったり慌てたりという様子は見せなかった。ただビックリしただけみたいだ。人の金を盗んだという罪悪感、皆無のようだね。
「ロロじゃなくて、残念でした。でも、ロロの居場所を僕は知ってるよ」
ルカは瞳を輝かせて、僕の両腕をつかんだ。
「どこだ?!」
「まぁ、落ち着け。教えてやってもいいけど、条件がある」
僕はカバンから財布を取り出して見せ、中身を返せと言った。
「え~?」
思いっきり不満そうなルカ。え~、じゃねぇぞコラ。
「だって、この世界じゃカネってのがないと、どーにもなんないって聞いたよ」
うん、それはある意味正しいが。……ってそうじゃなく! 予想はしてたがやっぱりこの子も電波の一味か!
「あのね。カネは働いて稼ぐもんなの。キミが今持ってるのは、僕のカネ。僕が頑張って稼いだカネなの! それをいきなり引ったくるとかマジ犯罪!」
ルカは目を丸くした。
「そうなのか。そりゃ悪かったよ」
って謝りつつ返そうとする素振りねぇし!
「とにかく返しなさい!」
「いいけど、ちょっとでいいから分けてくれよ」
なぜそうなるーッ!?
「ロロの居場所を教えてやらないぞ!」
「それは困る。でもカネは分けてくれ」
だあぁ、めんどくさっ!
「わかったよ、わかったから返せ!」
ルカはしぶしぶ、麻のズボンの両ポケットに手を突っ込んだ。
出てくる出てくる、僕の財産。現金、カード、免許証……すべて財布に戻すと、思わず安心してため息がもれた。あれだ。もう日本の安全神話は崩壊したんだ。自己防衛自己責任、肝に命じよう。
「なー、少し分けてくれるんだろ?」
ルカは両手を頭の後ろに回し、白い歯を見せて無邪気に笑った。表情がころころ変わる子だ。
「オレ、そのキラキラした四角いのがいいな! それだけでいいよ!」
「は? どれのこと?」
日焼けした手が指差したのは。
なんとVISAカード。
「だめだめだめだめ、これは絶っ対ダメ!」
「えー。なんだよケチ! それだけでいいって言ってんのに」
「これはカネじゃないし、使い方が難しいの!」
誰かに教わってバカスカ買い物されちゃたまんねー!
「ほら、こっちの方が使いやすいから」
僕は、最近ご無沙汰な夏目漱石さんを一枚あげた。まったく、見ず知らずの子にお小遣いあげるなんて、初めてだよ。
ルカはあろうことか、握りつぶすように受け取って、
「えー? 汚い紙だな」
口をとがらせた。言われてみれば、お札というのは汚い紙だね。喜ぶどころか新鮮なご意見で不満ぶちまけてくれてありがとよコンチクショー!
「それだけあれば、腹いっぱい食べてもお釣りがくるよ」
僕が投げやりに説明したとたん、ルカの腹の虫がグウと鳴った。
「そういや腹減ったよ。のども渇いた」
真顔であっけからんと訴えてくる。
僕は悟りの境地でため息をついた。
ああ……憎めないって、こういうことを言うんだな。
事情聴取も必要なことだし、僕はルカをフードコートに連れて行くことにした。
が、その前に。
サービスカウンターのお姉さんの視線でいろんなことに気づいて、ルカの身なりを整えさせた。短時間とはいえ、行動を共にするには恥ずかしすぎる。
一番安いジーパン&スニーカーをサクッと購入。しめて2150円也。不況&デフレ万歳。仕上げにシャツのボタンをしめさせて、値札をちぎってポイ。はい、証拠隠滅。神様ごめんなさい僕は悪い子です。
「うわーっ! うわーっ! なんだこれ、すげー!」
ルカは、例の布を履いたままの足をスニーカーに突っ込み、めちゃくちゃに興奮した。平日午後のダイエーの通路で、走って飛び跳ねてバク転。連続宙返りまで見せてくれた。ハイお見事、超人的な身軽さです。大道芸人も真っ青。でもほら、みんな見てるから。恥ずかしいから。やめようネ。
「フッカフカだー! こっちに来てから地面が固くて、足痛かったんだよ。みんなこれ履いてっから平気だったんだな。すっげー!」
ルカはなおもキラキラした笑顔で、子どもみたいにはしゃいでる。
僕はその様子に絆されつつ、こう思った……この子は現実世界を知らなすぎるだけで、根っから悪い子ではないのかもしれない。きちんと常識を教えてあげさえすれば、きっと……
「あっちに帰ったら、みんなに自慢だ! これがあればトゲトゲ竜の背中だって走って登れる! そんで頭まで登っちゃえば、目を剣でぶっ刺して終わりだ! ひゅうっ!」
……。
えーっと?
いやだめだ。とにかくだめだ。これはスルー。絶対にスルー。
「魔王と戦ったときだって、これ履いてりゃ絶対決着ついてたって! あの一撃、もうちょっと深けりゃなー!」
……。
心の中でだけ、おうかがいさせてほしい。
アナタの脳内、どちらのゲームにお住まいなのでしょうか?