ビブレ前(2)
さて、どうするか。
僕は大人らしく、冷静に考えた。
ケータイは最悪の場合、通話を止めてもらえばいい。保険に入ってるから、警察で届をもらえば機種も取り戻せる。そもそも、あの感じだとロロはケータイの使い方を知らないだろうし、だったら使い道もないだろう。しばらくは害がないはずだ。
うん、カバンを取り戻すのが先だな。ここを動かずにルカという少年を待とう。
そう判断してから1分も経たないうちに、僕のカバンを抱えたルカが、現れた。すごく焦ってるのが遠目にも分かる。僕と目が合うなり、颯爽と駆けて来た。
よく見ると、この子も変な服装だ。粗末な麻の膝丈ズボンは、ひどく履き古したように色がくすんでいる。なのに、羽織っている半袖白シャツは、目が覚めるように真っ白だ。ボタンをとめてないから、裸の胸全開だし。そして例の靴と呼べない靴。まさかこれ、イマドキの子どもの流行り? んなわけないよなぁ。
「おい、あんた!」
あまりに必死な様子だから、僕は彼を許す準備をした。うん、いいよいいよ。ちゃんとカバンを返してさえくれれば。大人気なく訴えたり被害届け出したりとか、しないからね。
「ビブレマエってどっちだ?!」
おおっと?!
ツッコミどころが多すぎて、何言っていいかわかんねー!
僕はこめかみを押さえた。冷静に冷静に。
「まず、ビブレ前はここ」
ルカは黒髪に黒眼だが、やや彫りの深い西洋的な顔立ちだ。そこに目いっぱい安堵の色が広がる。
「マジか、ありがとな!」
「いやいやちょ待っ!」
ダッシュで去ろうとするルカのシャツを、僕は必死につかむ。半分脱げて、よく日焼けした肩が公衆の面前にさらされた。少年らしさが残る細身だが、案外筋肉のついた肩と腕だ。
「それ、僕のカバン! 返せドロボー!」
ルカはようやく僕を認識したらしく、
「あー、あんたか。持ち主」
あっけからんと言ってのけた。うう、どーせ僕は特徴のない冴えない男ですよっ。
「カバンなら返すよ、ほら。オレ急いでるからさ!」
あっさり投げて返された。そんなことはどーでもいいとばかりに、周囲をキョロキョロ見回している。
……怒るな。怒るな僕。怒ったら負けだ。謝罪なんて求めるな。早く、早く、波風立てずに去るんだ。
「それで、あの女はどこ行ったんだよ? ここはビブレマエなのに、あいつ居ないじゃんか!」
「逃げたよ。あっちに」
「さんきゅ!」
ルカはそのまま、シャツを翻して颯爽と去っていった。
……その後姿の中に、僕は見てはいけないものを見てしまった。彼のシャツの裾に、ヒラヒラくっついていたもの。
値札だ。
どーりでアンバランスな服装。
……。
急に嫌な予感がして、僕はカバンをあけた。
財布!
セーフ。ちゃんとある。
だがしかし。
中はすっからかんだった。かろうじて残ってたのは、近所のスーパーのポイントカード。
いらねー! なんでこれだけ残した?! なんか余計イラッとするわっ!