ビブレ前(1)
西口の交番を、少女は華麗にスルーした。それにしても、足はえー。あんな靴(?)で、よくもまぁ。こっちは激しく息切れ。日頃の運動不足が以下略。
ビブレ前広場まで猛ダッシュして、ようやく少女は止まった。素早く周囲を見回して警戒してる。心配しなくても、キミを追ってるのは僕だけだよ。
「遅い! 足手まとい!」
追いついたとたんに、これ。ムチでピシピシ打つみたいな罵り方をするなぁ。ほんと傷つくよ。
「あんた、名前は?」
腕を組んで、じろりと僕を見上げる少女。
おっと。よく見ると、顔のつくりはハムスター系でなかなか可愛い。怒って睨んでばかりだけど。笑えばさぞかし。
「さっさと答えてノロマ!」
「はいスイマセン道祖土です」
「サイド?」
「そう。珍しい名前だろ。道祖土耕太郎」
「長い。サイドでいいでしょ」
そんなに嫌そうに言われたら、コウタロウって呼んでほしいなんて言えねー。言わないけど。
「あたしの名前はロロ。逃げてったあいつはルカ」
僕はこめかみを押さえた。もう、いろいろ謎すぎてツッコミが追いつかん。日本語流暢だが、日本人じゃないのか?
「あんたのせいであたしの計画がパーになったの。つぐなってちょうだい!
これは世界の命運をかけた戦いなの!」
……オーケー、把握。
俗に言う電波ちゃん、デスね。
僕は一気に諦めの境地に達した。カバンは返ってこないな、こりゃ。
そして、しばしの現実逃避。今日はもう、仕事サボっちゃおうかなー。どうせただのルート営業だし。けど、営業先に顔出さなかったら出さなかったで、上司にバレたら面倒なんだよなぁ。どうすっかなー。
非常にリアルな思考を巡らす僕に対し、
「あたしが持ってるクリスタルを、ルカは破壊しようとしてるの。そしたらみんな消えて、あたしの世界が滅んじゃう!」
少女の言葉は、ひたすらファンタジー。
「クリスタルを5時間守りきれば、世界を守れるの。あと4時間よ。協力して!」
「あー、ロロちゃんだっけ?」
僕はつとめて、大人な対応をした。くらえ必殺、営業スマイル。
「僕はね、お仕事中なの。わかるだろ? ほら、ワイシャツにスラックス、ネクタイ。完全にサラリーマン」
ちなみに、ジュエリーメーカー勤務です。聞いてないって? はい、サーセン。
「で、ルカとかいう子が盗ってった僕のカバン。財布とか仕事の資料とか、大事なものがたくさん入ってるんだ。知り合いなら……」
ここで、胸ポケットのケータイが振動した。
話をいったんやめて、即チェック。仕事もプライベートも兼用だから、すぐ確認するクセがついてる。
液晶画面には、『公衆電話』の文字。
怪しさMAX。
とりあえず「はい」と出てみると、
「おい!」
いきなり怒声。
「おまえ、カバンの持ち主か?!」
……は?
コイツ、まさか犯人?
そりゃ、カバンの中の名刺を見れば、僕のケータイ番号は知れるけど。なんでわざわざかけてきて、しかも怒ってんだ?
ロロはと言うと、怪訝そうに僕を見上げている。
どうしたもんかな、この状況。
「えーっと、はい、カバンの持ち主ですが」
なんか間抜けだが、他に言いようねーし。
「あなたはどちら様……」
「おまえが転ばした女、どこに行ったよ?!」
やっぱ犯人なのか。なんつークレイジーな展開だ。
「ビブレ前にいますけど。それよりカバン……」
「ビブレマエだな、よし!」
乱暴な音で通話が切れた。
うーん?
状況は全く飲み込めないままだが、どうやらカバンごと犯人が来てくれるっぽいぞ? 僕としては願ったり叶ったりだ。このまま待とうじゃないか。
「ちょっと。サイド」
目の前のロロが、苛立った様子で腕を組んだ。
「あんたさっきから、何言ってんのか全然わかんない。頭おかしいの? あと、その音が鳴る四角いの、何? この世界だとみんな持ってるみたいね」
いやー。ここまで突き抜けてると気持ちイイがしかし!電波ちゃんにも程があると思いマス!
「えっとね。これはケータイ。携帯電話」
こんなことを誰かに説明する日が来るとは。むしろ感慨深いよ。
「番号を知ってれば、遠くの人とお話ができるんだよ」
目の前にぶら下げてみせたが、ロロはケータイに興味を示さない。相変わらず怪訝そうに、僕を睨んでいる。
「じゃああんた、今誰かと話してたわけ? まさかルカじゃないでしょうね!」
おおっと鋭い。
ごまかす理由もないので、僕はあっさり白状した。
「たぶん、そうだよ。そろそろ来るんじゃないかな」
ロロのおっきなブルーアイがつり上がり、首から上が全部真っ赤になった。
「あんた馬鹿?! いっぺん死ね!」
ひどっ。死ねとか言っちゃダメでしょー。
そんな説教をする間もなく、ロロは脱兎のごとくダイエーの方へ逃げていった。
ご丁寧にも、なぜか僕のケータイをひったくってから。
……おぉおーい!!