某高校化学室(2)
実験は成功だった。定期的に酸素を送り込まないと不完全燃焼を起こしやすいのだが、うまく反応してくれたようだ。
るつぼを不思議そうに覗き込んで、
「消すとは、聞いてないよ」
ご不満そうに訴えるロロ。
……確かに、「引き分けに持ち込むために僕が破壊する」としか伝えてなかった。そうなる可能性の方が高かったし、何より時間がなかったから。
「気持ちよく叩き割って欲しかった?」
「そんなこと言ってないでしょ!」
睨まれた。ハイ、サーセン。
少しはわかってほしいなぁ。僕がわざわざ、「破壊」せずに「消す」ことで終わらせた意図を。
「おーい、もうビデオ止めてくれよー」
先生の指示で、生徒たちが動き出す。彼らは始終、居心地悪そうにルカを気にしていたが、先生は実験を始めて以降、全く構うことも動じることもなかった。淡々と生徒たちに指示をだし、片づけを始める。相変わらずの変人だ。しかし、その行動の土台には僕への信頼があるのだと、社会人になった今ならわかる。なんだか照れくさいな、こういうの。
僕は、改めてルカに目を向けた。
ルカはまるでそれを待っていたかのように、堂々とした足取りで近寄ってくる。
思わず、身構えた。ヤバい。争いの元は文字通り消えてなくなったわけだが、腹いせに一発くらい殴られちゃうかもしれない。
「……サイド、魔術師だったのか!」
るつぼを覗いて確認したルカは、僕に羨望の眼差しを向けた。キラキラしたまぶしい笑顔も、もちろんセットだ。
「なんだよー、この世界にも魔術があるんじゃないか!」
「魔術じゃないよ」
僕は思わず苦笑い。そうだった、ルカはこういう子だったな。まったく、やっぱり憎めないよ。
「化学反応で気化させたんだ。まぁ、つまりは破壊したんじゃなくて、消した。消えたものを破壊することは、できない」
「わかってる」
あっけからんと言って、ルカは肩をすくめた。そして、世間話でもする気安さで問いかけてくる。
「で、あんたがここまでした理由は、結局なんなんだ? オレにはそれだけが、さっぱりわかんない」
うん。僕自身の中でも、まだうまくまとまっていないくらいだ。
「……引き分けに、なってほしかったんだ」
考えながら、僕は2人に伝えようとする。
「勝負をいったん、なかったことにしたかった」
神の天秤とか言ったか?
誰のどんな力で行われている「勝負」だか知らないが、ぶっちゃけ言えばただの「鬼ごっこ」だ。
「こんなふうに勝ち負けで結論を出すんじゃなくて。ちゃんと時間をかけて、一緒に、考えてほしかったんだ。
なぜ、魔族はマナを消費しないと生きられないのか。なぜ、魔族が最近、急激に増えているのか。
その理由を、キミたちは知ってる?」
2人は首を横に振る。
「何かきっと、理由があるはずだ。僕はそう思う。物事には必ず、原因、理由がある。それを知ることが、解決につながる。
きっと、方法があるよ。みんなで平和に共存できる、方法が。
だから、諦めずに、考えてほしい。
君たちだけで答えが出ないなら、みんなで考えればいい。全員で。当然だろ? 世界のことなんだから。いったん、問題を持ち帰って、みんなで、考えてほしいんだ。
こういう形で決着をつけようとするのは、それからでも、遅くないと思う」
ルカとロロは、神妙に聞いてくれていた。
少年少女の瞳は、どこまでも汚れがなくて、ひたむきで。
僕はつい、苦笑いして付け足す。
「まぁ……その。
僕なんかが、偉そうに言うな、ってね」
僕は、全てに、無関心だった。
この世界の問題について。自分の周りの人々について。それどころか、自分自身のことについてさえ。いろんな理由をつけて、考えることを放棄してきたんだ。
それぞれの「世界」を背負って一生懸命な彼らを見て、そういう自分に、気づいた。それがいかに無責任かってことにも。
ふと教室の時計を見れば、リミットまであと1分もなかった。まだ言葉を重ねたい気もしたが、それは許されないようだ。
「18時になったら、どうなるの?」
尋ねると、ルカとロロは一瞬だけ顔を見合わせ、すぐに決まり悪そうに顔を背けた。
「オレもこの女もここから消えれば、サイド、あんたの勝ちだ」
口火を切ったのはルカで、ロロが補足する。
「負けた方は帰れない。それがルールなの」
……マジか。未知の世界に永遠に居残りとか、なかなかに残酷なルールだな。
「もし、あんたの勝ちなら」
ルカは不敵に笑んだ。
「仕方ないから、言うこときいてやるよ」
「サイド、あたし」
ロロが何かを言いかけて、
2人は消えた。
まるで、初めからそこにいませんでしたが何か?という具合に。
まばたきの間に、消えてしまった。
……良かった。
どうやら無事、引き分けになったらしい。
一抹の寂しさを押し込めて、僕はエールを送る。
がんばれよ。僕も、がんばるから。
ひと息ついて見れば、僕のそばでは先生が熱心に、ビデオカメラの小さな画面で燃焼実験を鑑賞していた。生徒たちは、僕のエラそうな演説の間に、すでに帰されている。
「先生、突然のことだったのに、ありがとうございました」
「いえいえ~?」
画面に釘付けのまま、先生は上の空だ。
「こちらも貴重な実験させてもらって、面白かったよ。未知の鉱物じゃなかったのは残念だったけど。ダイヤ燃やすなんて、そうそうできたもんじゃない」
ですよねー。それをためらいなく実行しちゃうあなたは、確実に変人です。
「これ、YouTubeにアップしていい?」
「どうぞ。下手な解説入りで、ちょっと恥ずかしいですけど」
「いや~? 堂々としてて、良かったよ」
画面の中で燃焼が終わると、先生は振り返り、
「あ、あの子たちも帰ったんだ」
ようやく気づいた。
「なんか難しい説教してたなぁ道祖土。おまえも大人になったもんだ」
ニヤリとされて、僕は照れ笑いした。
異世界にも、僕の住むこの世界にも、大きな問題がある。それは放っておけば、いつか、セカイを滅ぼしてしまうものだ。
なのに、僕らは無関心。まるで異世界での出来事のように感じてる。それじゃあ、いつまでたっても解決にはいたらない。
ルカとロロは、行動を起こしてた。その点は、僕らよりはるかに偉い。でも、その解決法は、彼らのうちどちらかのセカイが滅びることが前提だった。それはあまりに悲しい。
だから、考えなければ。
なるべく平和的な解決法を。
考えてほしいし、考えていきたい。
そうさ、世界を救う方法は、考えることを放棄しないことだ。小さなことだけど、それが必要絶対条件。
そう確信したからこそ、ガラにもなく首を突っ込んだんだ。彼らの「世界を救うための戦い」ってやつに。
僕は窓の外、日が落ちていくグラウンドに目をやった。
今日はこのまま、ランドマークタワーにでも行こうかな。展望室から、横浜の夜景を……美しくて、今のところ平和なこの世界を眺めて、今まで流してきたいろんなことを、じっくり考えてみようかな。
うん、そうしよう。そういう時間を、あえて作ろう。
答えは急には出ないだろうし、僕1人じゃ難しい。だから、なるべく多くの人と一緒に。
いつか、答えが見つかるまで。
……ってヤバい。カッコよく締めくくってる場合じゃない。ケータイが振動してる。嫌なヨカーン。あぁあ、やっぱ会社からだ!
くそ、邪魔する気か? 人がせっかく、世界を救うための第一歩を踏み出そうとしてるってのに。
ここはアレで切り抜けよう。
必殺、世渡りスキル!
「はい、道祖土ですが…」
「今どこにいる? 早く戻れ。まさか直帰する気じゃないだろうな?」
うあぁッ、問答無用でスキル不発! 上司、まさかの勇者より強敵ッ!
仕方ない、いったん本社で一仕事済ませてからにするか……。
世界を救うための道は、なかなか険しいものらしい。
<完>




