相鉄線乗り場
乗り換えの間に、僕は高校時代の恩師に電話をかけた。部活の顧問だった若い先生で、化学マニアの変人。でもそこが面白くて、卒業後も当時の仲間と共に交流がある。最近はご無沙汰だったが、まだ転勤せず僕の母校に居るらしい。
通話は約3分ほどで終了。ロロには意味不明な内容だったに違いなく、
「サイド、何するつもりなの?」
怪訝そうに聞いてきた。
「もちろん話すよ。でもその前に」
僕は、人でごった返す券売機へ近づき、ロロの相鉄線乗車券を買った。もう慣れたもので、彼女はすぐに理解して切符を受け取る。
僕らは会話しながら、改札を抜けてホームへ移動した。
「ロロ、ルカはクリスタルを奪ったあと、どうやって破壊するか知ってる?」
「え……知らない。ふつうに割るんじゃない?」
「つまり、クリスタルは衝撃を与えれば簡単に割れるってこと?」
「わかんないよ、やったことないもん。やりたくもないし!」
すでに予想はついている。おそらく、割ろうと思えば簡単に割れるのだろう。ルカは一度、偽物を奪って破壊しようとしている。破壊する方法を考えてないわけがない。
「クリスタルがなんていう物質かは、わかる?」
「はぁ? クリスタルはクリスタルでしょっ!」
ここにきてツンツンキャラが復活のようデス。
「どうしてそんなこと聞くのよ。まさかルカに寝返る気じゃないでしょうねっ?!」
そう言って睨んできながらも、僕の左袖を右手で握って離さずついてくる。あー、これぞいわゆるツンデレってやつか。アニメの中にしか生息してないと思ってたけど、リアルっつーか異世界にもいるんだね。
「僕の仕事は、宝石屋なんだよ」
正確に言うと、ジュエリーメーカー勤務。
「だから、クリスタルにちょっと興味があってさ」
「宝石屋さん?」
意外だと言いたげに、ロロが素っ頓狂な声を上げた。
「サイド、宝石が好きなの?」
「別に」
「は? じゃあどうして宝石屋さん?」
それはね……
大学出て、内定取れたとこに就職して、なんとなく働いてる。それだけだ。
わかってる、褒められたことじゃない。流されてるだけ。強い意志なんてない。
けど、そんなもんだろ?
周りに合わせ、流されるまま。自分のこと、目の前のことで精一杯。
だから。
「そういうこと、考えたことなかったんだ」
まるで、誰かに謝ってる気分だった。
「でも、これからはきちんと考えることにするよ」
「はぁ? 自分のことなのにちゃんと考えてなかったってこと? なにそれ馬鹿なの?」
おかまいなしにバッサリ斬られて、苦笑いしかできません。
「サイドって頭いいんだか悪いんだか、わかんない!」
「うん、鋭いねそれ。仲間内からよく言われるよ」
僕らはすでにホームの中ほどまで来ていた。相鉄線はここ横浜駅が始発駅だから、車両が出発まで待機している。
「この電車に乗るよ。リスクを減らしたいから、先頭車両に乗ろう」
定刻通り、17時30分。
出発のアナウンスを待ってから、僕らはドアが閉まる直前に、乗客を押し込むようにして駆け込んだ。
身体の脇ギリギリで、ドアが閉まる。
あとは、ルカが車両内にワープしてこないよう、祈るしかない。
小さく揺れてから、電車は走り出す。相鉄の古い車両は、きしむような嫌な音をたて、徐々に加速した。
ホームが遠ざかり、ついにルカを見ないまま、途切れる。
僕は黙って、ロロを見やった。
ロロは車内を見回してから、不安いっぱいの顔で僕を見上げた。
「来なかった、よね……?」
「うん。17時半じゃなかったんだ、きっと」
こうなるともはや、スキル発動時刻を予想して対策を練るのは難しい。
さすがにそれを察したのだろう、ロロの顔が恐怖と緊張で引きつった。
このタイミングを待っていた。
実は僕にとっては、ルカが現れようが現れまいが、どっちでも良かったんだ。ロロの恐怖ゲージがぐっと上がれば、それでいい。
「ロロ。提案がある」
次の平沼橋駅で降りるためには、時間がなかった。なにしろ1分ほどで着いてしまう。
僕は小声で早口に、このあとの動きとその狙いを伝えた。
「…………わかった」
恐怖と打つ手のなさが、背中を押したに違いない。
聞き終えたロロは、顔面蒼白のまま、僕へ左手を差し出した。




