みなとみらい線(2)
赤レンガ広場から山下公園へと続く道路に出ると、各方面への案内看板がある。そのうちのひとつには、地下鉄のマークと矢印が書かれてあり、子どもでも「デンシャあっち」と理解できるようになっている。
僕はそこを右折し、日本大通り駅へ向かった。馬車道駅の次の駅で、「その距離なら歩こうよ」ってくらいそばにある駅だ。
時刻は16時58分。
おっと、そろそろ急ごうか。
僕は壁画の通路を駆け抜け、改札を通ってから息を整えた。耳をすませて気配をさぐる。そして、もう1階下のホームへ駆け下りた。
そこには。
金切り声と喧騒。
中心には、駅員に羽交い締めにされつつもメチャクチャに叫んで暴れる、ロロがいた。
よしっ。予想その1、的中。
お金がないから改札を強行突破。見つかっちゃって逃げた。とうとうここで捕まった。そんなトコだろう。
「いやー! 離してっ!」
ホームは騒然。駅員さんたち、困惑。
「あいつが来ちゃうー!」
無我夢中で叫ぶロロ。
やべー……事情知らないと、ヤク中が幻覚見て暴れてるとしか思えねー。
実際、周りはドン引き。ここはいったん、僕もドン引いたふりで、野次馬に混ざっておくことにする。
ロロは抵抗むなしく、徐々に引きずられていく。
「いやあぁっ! だれか、助けてぇ!」
すごい悲痛な叫び声。かわいそうで聞いてらんないな。でも野次馬のふり継続。ドン引いたふり継続。
早く助けてやれよ……
そんな声が聞こえてきそうだけど、決して僕は鬼畜ごっこをしてるわけじゃない。
ロロは今、駅員さんたちに捕まってるが、それはある意味、ルカから守られるということだ。ワケのわからん少年がロロに近づいて、クリスタル奪おうとポケットやらなんやらまさぐったとしたら?「白昼堂々チカンか!?」って、駅員さんたちは全力で阻止してくれるだろう。うん、頼もしい限りです。
そうしてるうちに、ホームの時計が、17時ちょうどをさした。
僕は素早く、周りを見回す。
ルカの姿はなかった。
っしゃ、予想その2も的中!
思わず腰の下で小さくガッツポーズ。想像以上に快感だなコレ。
「離してっ! たすけてー!!」
ハイハイ、今行きますよ。
僕はロロを保護すべく、遠巻きに事態を囲む傍観者たちの壁を割った。
ロロは僕に気づくと、まるで声を誰かに取られちゃったみたいに固まった。その視線を追って、駅員たちや野次馬の目も自然と僕へ集まる。
必殺営業スマイルで、僕は人当たりよくこう言った。
「その子、知り合いの子なんです。何かご迷惑をおかけしましたか?」
世渡りスキル。意外と使えるモンだな。
いったん駅舎室へ通されてから、10分後。
ロロは僕の名刺と引き換えに、あっさり解放された。未遂だし、外国人っぽいし、何より本人が反省してたから。もちろん、ロロの切符というか入場券は、僕が代わりに支払った。
「サイドって、えらい人なの?」
ロロのかん違いに、僕は思わず笑ってしまった。
えらいだなんて、とんでもない。ただのしがないサラリーマンだ。どこにでもいる、組織の歯車。それでも、こういう時には身分証と名刺を出せば、そこそこ信用される……失うものがあるせいで、それを盾に脅されているだけ、とも言うかな。
「ロロ、キミは17時にルカがワープしてくると思ってたろ。だから、また同じ手を使って逃げようとした」
時間がないため、僕らは話しながら地下鉄構内を移動していた。ホームへ続く階段を、足早に下る。
「でも、ルカが来るとしたら、おそらく17時半以降だよ」
おとなしくついて来るロロは、僕のワイシャツの袖をつかんでいる。まったく、本当に保護者になった気分だよ。
「どうして? ルカがそう言ったの?」
「まぁ、そんなところ」
ルカはダイエーで、ワープする50分前にこう言った……「いい時間だ」。さっき赤レンガ倉庫で、同じセリフを言ったんだ。16時46分に。
「だから、17時半に来ると思う。確実じゃないけどね」
すでにラッシュは始まっていた。すし詰めとまではいかないけれど、地下鉄内はかなりの人口密度。僕は慣れないロロをかばいつつ、ケータイで乗り換え時刻を調べた。
「これ、17時20分に横浜駅着。そこで降りるよ」
「降りたら、走るの?」
「そうしたいけど、きっと無理。人混み過ぎて。だから、怖いかもしれないけど、我慢して歩くんだ。みんなの流れに合わせて」
もしルカがすぐ脇に現れたとしても、ラッシュ時の人波の中では、そうそう大きく動くことはできない。少し離れた場所にワープしてきたなら、こちらを見失う可能性の方が高い。
大都会のそんな状態を想像できないのだろう。ロロが不安げに見上げてきた。
「17時半過ぎるまで、そうやって逃げるの?」
「いいや。相鉄に……17時半ちょうど発の、別の電車に乗るよ」
同じ手を使うことに対し、多少の危機感はある。
あのチートな勇者は、アクション映画のヒーローよろしく、次は電車に張り付いてでも追ってくるんじゃね?とか。
車両内にワープして来られたら、それこそジ・エンドじゃね?とか。
しかし。
「こっちも、逃げるばっかりじゃつまんないからね」
ロロが息を呑んだのがわかった。
「サイド、味方してくれるの?」
僕は苦笑いで、答えをごまかした。
残念ながら、僕はロロの味方ではない。でも、敵でもない。
そしてそれは、ルカに対しても同じだ。
『次は、ヨコハマ……横浜駅、です』
アナウンスが流れた。
いよいよだ。ここからは気を抜けない。
「次で降りるよ。できれば、少しでも見た目を変えた方がいい。万が一ルカがワープしてきた時、見つかりにくいから」
変装でもさせたいところだが、残念ながら帽子も上着もない。僕はロロに、ポニーテールをとくように勧めた。
「……わかった」
ロロは観念したように同意して、麻紐を束ねたような髪留めを、ゆるめていった。
妙に慎重な手つきだったので、ある予感がよぎって注目する。
ポニーテールの付け根、ロロの黒髪の中から現れたのは、やはり。
「クリスタル?」
小声で問いかけた。背中まである長い髪を下ろした少女は、こくりとうなずく。
そんなところに隠してたとはね。きっとルパンや不二子ちゃんもビックリだよ。
ロロの手の上でキラリと光ったそれは、無色透明、平べったい楕円形の宝石だった。ただし、僕がそれを目にしたのは一瞬だけ。すぐにロロが左手ごと、カーゴパンツのポケットに突っ込んでしまった。
さてさて。
クリスタルの正体は、水晶?ダイヤ?はたまた異世界の未知の物質か?
なんにせよ、行き先は変わらないけど。
「はぐれないように、気をつけて」
16時20分。定刻通り。
僕らは人波に乗って、地下鉄を降りた。




