横浜駅西口付近
横浜駅構内をダラダラ歩いてたら、見事にカバンをひったくられた。
犯人は少年。
いや、どっちかというと青年?
そういえば、少年と青年の境目ってなんだろう。
まぁいいや。あとで調べよう。
その少年は、秩序なく行き交う人波の中を、ものともせずに風のように駆けてきたんだ。僕の前方、西口の方から。
あまりに軽やかに颯爽と駆けてくるものだから、思わず目を奪われて。
そして、すれ違いざまにカバンをひったくられた。
うえぇぇ?! まさかの白昼堂々人混み中で犯罪ですかッ?!
っつーかこういう時ってどうすべき? 「ドロボー!」って叫ぶ? いやまず追いかける? でも返り討ちで刺されるとかヤじゃね? うあぁどーするよ?!
テンパりつつも、僕は追いすがるように足を踏み出した。瞬間、
「どいて!」
背後から高い怒声。
僕は反射的に身を引……けるはずないって! しがないサラリーマンにそんな反射神経求められても無理ッ!
僕の踏み出した足に引っかかり。
小柄な少女が悲鳴と共に、派手に飛んだ。
もとい、コケた。
……もっすごい勢いでぶっ倒れたが。大丈夫か。
「あー、もうっ! 逃げられた!」
少女は気丈にも起き上がると、息を切らしながら大声で悪態をついた。同時に、駅の汚れた固い床を、悔しそうにコブシで叩く。長いポニーテールが、これまた悔しそうにひと揺れした。
その向こう、東口方向。
人ごみに颯爽と消えていく、少年と、僕のカバン。
僕と少女を避けるように行き交う、その他大勢の人々。
残暑の熱気。雑踏の中。
……完全に僕ら、浮いてます。
「あー、あのさ、大丈夫? 立てる?」
僕はつとめて紳士的に話しかけ、少女に近づいてみた。
そして、気づく。
この子、服装、おかしくね?
カーキのカーゴパンツと麻の粗末なTシャツは、まぁいいとして。
靴、絶対ヘン。
まるでキンチャクだ。一枚布で足を包み、ひもを通して足首で縛ってるだけ。
そもそも靴と呼べるのか、これ。
「あんたのせいだからっ!」
少女は僕を振り返るなり、ちっちゃな獣みたいに牙をむいてきた。跳ねるように立ち上がり、小柄な体全体で威嚇するように見上げてくる。おおっと。僕の胸のあたりで怒りに燃える瞳の色は、なんとマリンブルー。こんな子どもがカラーコンタクトしてるなんて、時代は変わったもんだ。
「責任とってよね、セキニン!」
……そーゆー展開になりますか。
僕は大人の冷静さで対応した。いちおう、20代も半ばのお兄さんですからね。
「うーん、とりあえず。
ここは通行の邪魔だから、はじに移動しよ…」
「マイペースに仕切るな!」
下腹を殴られた。痛い。ついでに言うと、さっき少女が転ぶときに引っ掛けた僕のふくらはぎも、実はもっすごく痛い。痣になること間違いなし。
「とにかく、行くよ! ついてきて!」
うめく僕を尻目に、少女は西口へ向かって走り出す。
ん?
少年が走り去ったのは、東口ですが?
「いやいや、そっちは反対……」
呆れつつツッコむと、
「逃げるんだってば!」
怒鳴られた。はいィ?
「なんで?」
「あいつに見つかったらヤバイからに決まってんでしょ?!」
意味プーすぎて、ついていけん。
「いや、だって…」
「もーいい、置いてく! とろいヤツって大嫌い!」
ええぇ?! 何それなんか傷つくし!
しかも、僕は本当に置いてかれた。
雑踏の中に、ぽつん。
……ちょ、展開早すぎじゃね?!
とにかくカバンの手がかり失ったらジ・エンド。僕は痛むふくらはぎにムチ打って、おかしなポニーテール少女を必死で追いかけた。