寒津江村
「いつまでそうしているつもりだ」
うるさい。
「大人としての自覚がたりないぞ」
勝手なこと言うな。
「こんなのが兄弟だと思うと情けなくなるな」
こっちだってそんなの願い下げだ。黙ってろ。
そろそろ歳も来月で三十になるというある日、俺はいつものように自室で布団にくるまっていた。
ニートである俺は今日も何をやるでもなく、ただただ布団にくるまってゴロゴロしている。起きるのはトイレと食事のときぐらいか。
何も最初からニートだったわけではない。
大学在学中に行った就職活動は全く実らなかった。卒業後も同じく。
正社員ではなく、アルバイトをしようともしたが、それすらも採用されず。
登録すれば会社から勤め先を紹介してくれる派遣社員ですら、登録してから全く音沙汰なし。
日雇いの仕事なら見つかるだろうと手をだしたが、それでも月に二、三日働ければいいほうで、それで稼いだ金は就職先を見つけるための面接費用で使い、結果収入はゼロに近い。
そんなことが五、六年ほど続いた時、俺は体を壊して入院した。
家族は「体を壊すなんて軟弱な証拠だ」「努力が足りてないのよ」「もっと誠意を見せろ。やる気を見せろ。何でもやりますって言えば会社は雇ってくれる」「甘えてるからそういうことになる」など、勝手なことを言っている。それが入院してる奴に言う台詞かよ。
退院後、俺はニートになった。
もう何もやる気が起きない。入院する前に倒れたままで死んでおけばどれだけ楽だったか。
○●○●
目が覚めるとそこには一面畑が広がっていた。と言っても肝心の作物は見当たらない。所々枯れかけた草が生えているだけだ。
夢かと思って定番の頬をつねって確かめてみるが、痛みはある。夢ではないようだ。
とうとう親父たちが俺を物理的に捨てたのだろうか? それでも現状が理解できないので、とりあえず人を見つけてここが何処なのかだけでも確認しておかなければなるまい。うん。
辺りが畑ばかりなせいか、人はすぐに発見できた。早速近づいて話を聞くとしよう。
「あ、あの、すいません」
畑仕事だろうか? 何やら作業をしている老人に声をかける。久々に人と話すので声がうわずる。
「わ、私、道に迷って、しまいまして、ここは何と、いう村でしょうか?」
「あー?」
老人特有と言うべきか、耳に手を当てて「え? 何、聞こえない」をやってくる。なのでもう一度大きな声、かつゆっくりと同じ内容を伝える。
老人によると名前は『寒津江(さぶつえ)村』らしい。聞いたことないな。
どうすれば近くの町までいけるのか聞いたが、町までは山を越えなくてはならなく、今からでは山の中で野宿をするはめになるとのこと。
老人は一晩だけなら泊めてやるからおいで、と言ってくれた。
どこにも就職できず世の中に要らない人間の烙印を押された自分にはとてもありがたい話だった。ちょっと目が潤む。
老人の家には奥さんだろうか、とても人当たりの言いおばあさんがいた。
そこで自分が気が付いたらこの村にいたこと、そして仕事に中々つけないことを迂闊にも喋ってしまった。とっさにニートであることだけはなんとか隠すことができた。
老夫婦は俺の手を取り慰めてくれた。しわしわな手だったけど、久しぶりに人の体温を感じた。
食事を終え、床に就くとすぐ眠気が襲ってきた。日ごろから寝てばかりいるから睡眠時間は足りているはずなのだが……おそらく久しぶりに外に出て、歩いて、人と話したからだろう。とても暖かい食事だった。もう町には行かずこの村で働くことにしようか。最近では過疎化や高齢化、農業人口の減少が問題に上がっているとニュースで見た気がする。手は足りてるかもしれないけど、言うだけ言ってみるかな。
○●○●
「いい生贄が手に入りましたね」
「ああ、もうこれ以上村のもんを生贄にしたら働き手がいなくなっちまう」
「今年もこれで豊作を願おうではないか」