大砲の話
ふと思いついて書いたものです。駄文ですみません…。
昔々、ある小さな国でその大砲はつくられました。草原に囲まれた白い小さな国です。
名前はありません。ただの大砲です。
大砲は自分で動くことはできませんでしたが、周りを見ることはできました。
ものを考えることもできましたが、冷たい鉄でできた大砲は何かに心動かすということ
はありませんでした。
生まれてすぐ大砲は戦争にかりだされました。夏の熱い日差しの中で、たくさんの人たちに見送られながら、大砲は兵士たちに押され
ていきました。兵隊さんの肩越しに見える空は青く透き通るようで、白い町並みはそれ
を受けて輝き、まるで人々を祝福してくれているかのようでした。
兵士たちも、見送る人たちも、皆楽しそうに笑っています。
金色の髪の少女が、大砲に花を投げかけてくれました。
大砲を押している少年の兵隊さんが、まぶしそうに目を細めて、その花の中から青い花
を一輪抜き取りました。
大きな鉄の車輪が、無機質にがたがたと音を立てています。
大砲には何が違うのかはよく分かりませんでしたが、人々の間には「せいぎ」と「あく」があるようでした。大砲たちの国は「せいぎ」で、敵はみんな「あく」だと偉そうな人がいっていました。しかし、敵の偉そうな人も、皆似たようなことを言っていたので大砲は少し不思議に思いました。
「人なんて似たり寄ったりさ」
先輩の大砲が鉄のように冷たい声で言いました。
奪った土地には、大砲たちの国の、青い花と白い雲の国旗がたてられました。
大砲を押している少年兵はなかなかにおしゃべりで、決して返事をすることも無い大砲
にもよく話しかけてきます。話の内容は様々で、十年に一度だけ大砲たちの国を包み込むように咲く蒼い花のことや、好きな女の子のことや、おいしい食べ物のことなど、それはもう色々と、延々と、情熱的に語ってくれるのですが、残念なことにそれは鉄の心をもつ大砲には理解できないことばかりでした。
あるとき大砲は、ひとつの国を滅ぼしました。煉瓦で造られた精巧な玩具の様な建物は
大砲たちが弾を打ち込むごとに崩れて、逃げ惑う人々の上に降り注ぎました。
国の人々の反撃で、大砲たちの国の人々も大勢死にました。大砲の仲間も、何基も壊さ
れましたが、とにもかくにも、大砲たちは勝ちました。
その夜、少年兵はずっと大砲を磨いてくれました。しかし大砲は少年兵の目からこぼれ
る水が、逆に自分を錆びさせてしまうのではないかと思いました。
またあるとき、大砲は海の傍の白い街を滅ぼしました。
青い空に誇らしげにそびえていた神殿は、無残にも木っ端微塵です。これでは神様とい
うものも住めないだろうと大砲は思いました。神殿を壊された人々が泣きながら火の中に
飛び込んでいきました。
その夜、少年兵はやっぱり大砲を磨いてくれましたが、大砲はあまりひとところをこす
らないで欲しいと思いました。いつもは上手なのにどうしたのでしょうか。
またあるとき、大砲は草原の国を滅ぼしました。
釜や刀で武装した敵の大軍に向かって、何発も、何発も砲弾を撃ちこみました。
わらわらと逃げていく背中の群れにも撃ちこみました。
誰もいなくなったその場所に残されたのは、ぐちゃぐちゃになった何だかよく分からな
い挽き肉のできそこないだけでした。
時折、ぴくぴくと動きます。
大砲がその上を通っていくと、べきゃ、とか、ぐちゃ、といういやな音を立てて静かに
なりました。
でも大砲は何も感じません。黙って押されていきます。
車輪の下で誰かが、人の名前らしい言葉をつぶやいて、息をするのをやめました。
その晩、少年は何かを描き終わると静かに指を絡ませて何事かを考えているようでした。
祈っているのだと、残りわずかになった先輩の大砲がいいました。
またあるときは、
またあるときは、
またあるときは・・・。
きっかけは何だったのでしょう。それはもしかしたら戦いに勝つたびに皆が歌う故郷の歌か、あるいは死んでいく兵士達の目の奥の郷愁かもしれませんし、ただ単純に戦える人が少なくなったからかも知れません。
とにもかくにも、「もう国に帰ろう」と誰かが言い出したときに反対する人は誰もいませんでした。
青い花と白い雲の旗を掲げたたくさんの国を通り過ぎて、大砲たちは故郷を目指します。
どれほどの戦場を回ったかは、大砲にも兵隊さんたちもわかりません。少年だった兵隊
さんも、もう髭の似合うおじさんです。
帰り道でも沢山の人が死にました。
先輩の大砲は、
「これが眠いってことかな。いや、死むいかな…」と、新しい言葉を生み出して、何も言わなくなりました。その立派だった鉄の体はぼろぼろに錆びて、それ以外の部分はすっかりすすけていました。
長い長い月日をかけて、大砲たちは故郷の丘にたどり着きました。片手の指で足りるほ
どの人々と、一門だけになった大砲がたどり着いた故郷は、
ただの瓦礫でした。
白く美しかった城壁は、粉々に砕けて、土にまみれ、その向こうの町も同様でした。
迎えてくれるはずの人々も、暖かな食事の匂いもありませんでした。誰もいない国はた
だ静かで、淋しいだけのモノでした。城門があったところには、ぼろぼろになった赤と黒の旗が倒れていました。大砲たちが滅ぼした国のものでした。
大砲を放り出したまま、兵士たちはふらふらと自分たちの国だった場所に入り込みまし
た。
ある人は自分の家があった場所で、泣きながら首を吊りました。
ある人は家族の骨を抱きしめて、発狂しました。
ある人は瓦礫の下敷きになりました。
少年だった兵士はそんな惨状も目に入らぬように、たった一人で国の中を歩き回りまし
た。
白い瓦礫を踏み砕いて、それよりも白く軽そうな骨を拾い集めました。手にもてなくなると、ぼろぼろの軍服を脱いで、骨を包みました。何度も何度もそんなことを繰り返して、白い骨の山を作りました。ブランコやシーソーがある公園だったはずの場所には、骨になった子供と、骨になった大人があつまりました。
彼は集めた骨を綺麗に並べ始めました。広場の真ん中には頭の部分を、そこから外側に広がるように、脚などの細長い骨を並べました。大きくて使えない骨は砕いて、細長い骨の間に敷き詰めます。背骨の部分は、細かくして裾の長いドレスが広がったような形です。
作業をしている間に、何度も日が昇ってはまた沈んでいきました。
ようやく完成したとき、彼にはもう立つ力は残っていませんでした。しかし彼は最後の力を振り絞って、一枚の紙を取り出しました。
たくさんの名前が書かれたそれを、彼は強く握り締めました。
風の無い青い空をみあげていると、彼の耳に、微かな、本当にかすかに声が聞こえてきました。透き通ったとても綺麗な声です。
「ありがとう」
「アリガトウ」
「とても綺麗」
「きれい」
「キレイ」
「ちょっと痛かったけど」
「でも」
「有り難う」
「蟻が十」
「ありがとう…」
たくさんのありがとうの中で、少年兵は、静かに静かに死にました。
大砲は生きた人間が一人もいないことを知っていました。蒼い青い野原の真ん中で大砲は、ひとりぼっちでした。でも大砲は何も考えてはいませんでした。ただ、体の中にもう一つ大きな穴が開いたようで、自分はもう壊れているのかもしれないと思いました。
そうして何年か時が過ぎて、大砲はふと、いつだったか、少年兵が言っていた青い花が咲いていることに気付きました。かつて国だった場所を包み込むように十年に一度だけ咲く蒼い自分たちの花を、もう一度見たいといっていた少年の笑顔を思い出しました。
蒼い青い野原の真ん中で、大砲は初めて、自分を生み出した戦争というものを憎みまし
た。
争いが起こるのは仕方がありません。人は他人にはなれないのですから。
けれど何故、自分のようなものを生み出したのでしょう。
こんな寂しい思いをさせるくらいなら、何故大砲を造ったのでしょう。
大砲は涙を流そうとしましたが、その機能は大砲にはありませんでした。
そして、考えることをやめました。
「死むい」とはこういう事だろうかと思いました。
その絵の存在は、空を行く鳥たちだけが知っていました。
長い年月の中で消えていくだろうその骨のオブジェを、鳥たちは子供たちに、恋人に旅
の土産として話します。その子供たちは同じように、空を行く途中でそれを見、また誰
かに伝えるでしょう。半ば草に埋もれたそれは、十年に一度だけ咲く蒼い花の形をして
いました。
(了)