もう二人ですよ
「え、もう一人捕まえたの?すごいね、美幸」
傍らの兄が発した言葉に少女ははっとして耳をすませた。
「あ、遠山さんがそんなこと言ってたの?それはがんばらないとねー、うん。こっちも一人捕まえたから」
「え?お兄ちゃんそれって…」
「そうそう、妹だよ―」
「いやお兄ちゃん、私その『部活』には入らないって前に言ったよね」
「本人もすごく楽しみにしててねー」
「言ってないよ!?」
「うん、入学式終わったら連れてくからそこで落ち合おうね。じゃ」
「話きいて!?」
電話を切った兄はにこにことこちらに向き直り、その笑顔に本能が警鐘を鳴らす。
「じゃあ、式が終わったら迎えにいくからね」
「だから行かないもん…」
「えー、お兄ちゃんのこと嫌いなのー?」
そう言って兄の顔が曇ったのであせる。兄が嫌いなんてことはない。むしろ大す…いやいやいや。
「『部活』ってあれでしょ?片岡さんとお兄ちゃん二人だけの。中学から噂(主に悪名)は聞いてたけどね、あれですよ、わたくしのような下賤の者が入ってはいけない場所だと思われる所存なのでございまするでやんすよ…って何言ってんだろ」
「だって部員が足りないんだよ…」
「か、片岡さんがもう一人見つけたんでしょ!?じゃ、じゃあ多分また片岡さんが連れてくる…(小声で)生贄を…」
「来てくれないの?」
兄の顔がさらに曇った。やばい。だが引くな、ここで頷いたらこの先どうなることやら……え、お兄ちゃん泣きそう?なんかすっごく悲しそう?妹に拒否られて泣くの?え?泣かないでったら。
「…見に行くから…」
カンカンカンとゴングが鳴った。最大の譲歩を口にすると兄の顔は一気に綻んだ。
「ありがとう!」
そう言って兄が抱きついてくる。ちょっと、周りの人が見てるって。
「じゃあ、式が終わったら迎えにいくからね」
言うが早いか兄は手を振ってあっという間にどこかへ行ってしまった。その言葉さっきも言ったよね。
なんとしても避けたかった、避けられなくなってしまった未来に少女はため息をつく。
「せめて今日だけでもごまかせないかなー」
そしてわずかな平穏を稼ぐために頭を働かせるのだった。