始まる少し前ですよ
時間は少しさかのぼる。早朝、生徒会執行部の部室には3人の人影があった。
「なんだ、これは」
教室を半分にしたくらいの部屋を占領する横長の会議机に一人、一番上座に座る男子生徒がおもむろに目の前の書類を示す。
「何って、部費の申請」
しれっと返したのはツインテールの小柄な少女。そう、先程いたいけな新入生の少年を蹴り飛ばした少女である。彼女は今、自身が所属するある『部活』の件で執行部を訪れていた。
「速ぇよ!提出開始は22日、部員数が確定してからだ!」
「えー。早い方がうれしいでしょ、こういうの」
「早すぎても邪魔なんだよ!しかも何で今日なんだ。俺は滅多にない生徒会長様たちのおでましの準備で忙しいんだよ」
「忙しい時の方がどさくさに紛れて通りやすいかなって、来央が」
「嘘つけ。お前の勝手な思い付きだろ。とにかく却下だ。帰れ」
「うわっ、ひどい!言いつけてやる」
「明らかに非はお前だよ!!この申請も部員2人しかいないくせに高すぎるんだよ!」
「いいじゃん、ケチ」
「おじいちゃんのお小遣いじゃねえんだよ。部員増やしてから言え、こういうのは」
男子生徒が書類を突き返す。少女は不服そうにそれを見ていたが、素直に受け取った。
「…うー、分かった」
「そうか、分かってくれたか」
「……」
「……いやに物分かりがいいな、今日は」
顔を落とした少女に、男子生徒は訝しげにその顔をのぞく―――――――
「はぐわっ」
「いーもん、決めた!今から勧誘してくる!」
なんだこれ。顔を、全力で、弾かれた。
「ぐっ……」
普段から少女の拳には気をつけていたはずなのに、不意打ちでこれか。
気付けば少女は部室のドアを引き、腰に手を当てて宣言する。
「絶対に新入部員入れて、部費通してやるんだからね!!」
内容はともかく素晴らしくスマートな捨て台詞を残して少女は出ていった。
「……」
「……部長?」
「…水無瀬、どこ行ってたんだ」
少女の出ていった方を見やる女子生徒。その手には盆に乗ったお茶が。
「少し時間がかかったので間に合わないと思ってましたが、やっぱりですね。どうぞ」
はい、と渡されたのは湿布。
「切りましょうか?」
「…いい」
湿布と茶を受け取って、男子生徒――――――生徒会執行部部長、遠山直行はため息をつきながら茶をすすった。
「高崎の知り合いじゃなかったらな…」
「遠い目しないでください。今から入学式ですから」
「帰っていい?」
「縛ってでも連れていく」
「……」
さすがに市中引き回しはご勘弁願いたい。一息ついて遠山は空になった湯のみを女子生徒―――――水無瀬梓美に返す。
「ああ、もう。新年度からこれかよ…」
「今から叫んでおけば?どうせこれからも何度もやるだろうし」
「不吉なこというなぁ!」
「ほぼ確定事項でしょ」
「ううぅ……」
いつも過保護の対極にある副部長様のお許しが出たのだ。遠慮なくそうさせてもらおう。
きっとまた始まる胃痛の日々に立ち向かう糧として。
「…っ!」
息を吸って、そして、
「片岡あああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!」
響き渡る切なる叫び。それは学園の空を舞う鳥達すらも落とせる(とか)。天上学園の朝の名物、生徒会執行部部長の、怒声である。
全ては少女のせい。でもね、少女のお陰で、きっと。これからの日々は輝きだす。
とりあえず、近所迷惑☆(テヘッ)