極寒地にて、あるアイス
冬にアイスが売れる。
冷たき静寂には、アイスが丁度いい。
高校一年生の谷口遼は、休日に友人の山本春一と県外に出ていた。
学校に張り出されていた就活サイト主催、企業合同説明会の会場に来ている。
彼らの通う学校は、大学に進学する生徒や就職する生徒がまちまちで、彼らも未だ進路の岐路に立っている段階だ。
そのためにここに来たと言われると、彼らにとっては癪なのである。
担任によると本校からの参加者がゼロ人だったらしく、彼らにお鉢が回ってきたわけである。
滅多にない合法的に部活を休める優越感と、乗り気でないイベントに休日を当てられる喪失感が入り混じり、どうにかして荷物を減らそうと試みた。
肝心の説明会は流れるように進んでいった。
彼らは午前の部に参加し、気になった企業の公演を後ろ側の席で聞いていた。春一とは別行動をしており、時間を合わせて合流しようと話をしていたため今は遼一人である。
公演自体は興味深いものだったが、なぜか質疑応答で挙手する生徒がおらず、講演者の一存で数名当てられる事態に発展した。
後ろ側の席にいたので安心しきっていたが、なぜか彼の前方に座る生徒が当てられた。
冷や汗が止まらなかった。
もし当てられたとしても、公演の内容を思い出せなかった。
午前の部が終わり、入り口付近で春一と合流した。
その足で近くのショッピングモールへ入ることにした。
彼らのスケジュールはほとんど完遂しており、あとは昼食をここで摂ってゆっくり帰路につく流れである。
早く室内に入ろうと急かす春一を、イベントで貰った資料をバッグに入れながら追いかける遼。周りの高校生も一斉にモールへ向かっていたので、一瞬見失いかけたが、エントランスの二重の自動ドアから見える位置でこちらを見ていた。
彼らはそのまま三階のフードコートに向かい、二人席でラーメンをすすっている。
「遼はどういうとこ見に行った?工業系進みたいってチラッと言ってたからIT系?」
「そう。AIで商品開発している企業の公演」
「どうだった?」
「う~ん、難しかったけど楽しそうではあったかな…」
「そうか…」
「春一は?どこ行ったの?」
「ゲーム開発の企業のとこで、ゲーム視点で社会を考えるみたいな感じだったかな」
「好きそうなやつあって良かったな。ゲーム好きには良い時間だっただろ?」
「まぁ…内容はあれだったけど、別に見て何かが変わったとかは無かったかな…」
「何を求めていたんだ?ゲームで社会を変えてほしいと思ったの?」
「いやそういうことじゃなくて…何か、この説明会行く意味あった?」
「…は?」
彼からのとんでもない問いかけに、思わず口に含んだ麺でむせそうになった。
「聞いてるときに、一人で来てたら後悔してたかもな…って思って」
「まぁ俺たち、西川先生に頼まれてきたみたいなとこあるけど、それでもわざわざ口にすることか?」
「そういうのじゃないんだよ」
「求めすぎじゃない?意味なかったことが分かったとしても、そのことに意味はあっただろうし…」
「う~ん、そうかな」
周りに同志が多く、明るい会話が飛び交っていたこのフロアも遼と春一だけは少し重い空気が流れた。
彼らは一足早くフードコートを後にすることにした。食器を戻すために通った花道は、遼にとって恥じらいが残るものとなった。
予定のない彼らは、自然と下の階のゲームセンターへ向かっていた。
特に狙いの景品とかは無かったが、遼は一目散にある場所へ向かっていた。
「春一、久しぶりに勝負しよう」
春一と遼はよく二人でFPSを楽しむ仲だ。彼らが友人になった馴れ初めは、休み時間にゲームをしていた春一に遼が話しかけたことが始まりだった。
遼はがむしゃらにゲームを楽しむ人柄で、勝負へのリアクションが大きい。夜中にすることが多い二人に、通話の奥から「うるさい!」と叱られることがたびたび。
対して春一は、冷静沈着。ゲームも遼より上手で、よく彼を引っ張って勝利に導いている。勝っても反省するタイプで、「もっと喜べよ」とつつかれても、「まぁ深夜だから」と受け流すのが日常。
これまで紡いできた二人の時間が、最近になって解《ほど》けていることを双方が薄々感じていた。
校内ではいつも通り接する二人でも、最近は時間が合わずゲームをできていなかったらしい。
シューティングガンを片手に春一の方を向く遼だったが、彼からの返答は遼の顔を曇らせるものだった。
「いや、別にいいかな」
その時遼は、春一との時間がこれから更に薄れていくのではないかと察した。昔はお互い誘い合ってゲームしていたのに、最近は遼から連絡することが多くなった。それも春一に迷惑かけたくない心配が勝り、遼も少しずつ自重するようになった。
「そうか…俺一人でするから、別のとこ見て回ってもいいけど」
「分かった…」
しばらく手に持っていた機器をセットし直し、財布から百円玉を機械に入れゲームスタート。
独りで遊ぶことの気まずさも多少なりともあったが、特に視線を感じなかったのでいつも通り進めることにした。
気付けば一ゲームが終わった。
得点は約二万三千点。本日の最高得点をギリギリ更新したが、今週の記録には遠く及ばない。
一息つき、振り返ると春一がこちらを見ていた。
気配のなさに、力ない声を聞かれてしまった。
「おぉ、春一。どこか行ってたのか?」
「あぁ、まぁそこら辺をふらふら回ってた」
「…やっぱ一緒にやろうぜ」
「え?」
周りに人はいない。確実に春一へ矢印が向いている。
近くのクレーンゲームでは、家族連れやキッズが和気あいあいとしている。
「別にいいだろ。一回くらい」
「いや、俺は…」
「何が嫌なんだ。俺のせいか?」
「違う。ゲームを…したくない」
おかしい。ゲームコーナーに響き渡る愉快な音たちも、今この瞬間は雑音に聞こえてしまう。春一も仮に同じ音を聞いていたとしたら…
「大人になりたいのか。春一…」
「もう俺には…ゲームはいらない。ただそれだけ」
遼と春一はフレンド交換をしており、互いの最新プレイ日時が分かるようになっている。春一はここ一ヶ月、遼とプレイしていたゲームから離れている。
「嫌いになったのか…?」と聞きそうになった遼だが、何とか彼を手放したくないと言葉を飲み込んだ。
「そうだったのか。言ってくれたらよかったのに…」
「遼との時間を裏切りたくなかった。楽しかったから。でも…」
「もう楽しくない。何も感じない」
「春一…」
「だから遼の好きにゲームしていいよ。俺は見てるだけで…」
「違うだろ、春一…。俺は一人でここに来ているわけじゃねぇだろ」
「一人だったらここにだって来ねぇよ。お前とだから来てる」
「その気持ちは嬉しい。でも…俺はもうゲーム上手くないし」
「やっぱりか…春一。お前がゲームから離れた理由…」
「聞いたぞ、お前と同じテニス部の奴から…。ランク上がらなくて嫌になったって」
「春一にとってゲームが上手くて楽しいのかもしれないけど、上手くないからって楽しくないわけじゃない。そうだろ?」
「いや、違っ…」
「お前が上手くなくても誰も責めないだろ。自分が一番責めてる。そうだろ?」
「ちょっと遼。周りの人が気になってるって。静かに」
自然と会話のボルテージが上がってしまった。ただそれでも、周りの雑音が遼の味方をしていると勝手に思っている。実際に彼の眼には、春一の姿しか映っていない。
「ゲームをするしないは個人の勝手だ。長々と春一に付き合わせた俺にも責任があると思う。それでもゲームってそこまで固執するものじゃないだろ。気が向いたらやって、飽きたり満足したらやめるぐらいが丁度いいだろ」
「遼違うんだ。これは俺の問題で…、遼には関係ない…」
「ロマンを抱きすぎだって春一…。現実的な選択をしたがるただのロマンチストだろ…」
咄嗟に口から出た言葉を思い出せない。多分春一を傷つけた。
春一はゲームから離れ、遼は春一を手放した。
「そうかもな…遼。俺はゲームから離れて、理想の自分を忘れたかったのかもな…今の自分から逃げたくて…」
「春一…、ごめん。言い過ぎた。ただ俺は、春一とゲームがしたい」
「…」
自然と遼の右手がある場所へ向かっていた。財布を取り出すことが面倒くさくなったゲーマーの性で、ズボンの右ポケットに小銭を入れていた。一プレイ目に原資を仕込んでいたのだ。
「別に最後でもいいからさ、俺のわがままに付き合ってくれ」
機械に再び小銭を入れ、二人モードを選択した。
春一がゆっくりと遼の隣に姿を見せ、銃を構える。
遼のプレイを見ていたのである程度の流れは織り込み済みだが、エイムや銃の感触は後れを取っている。
このゲームは出現する敵キャラのランダムな場所に弱点が現れ、それを撃ち抜くものだ。時に弱点が複数になり、更に移動したりと判断力と技術どちらも必要なレベルの高いシューティングゲーム。
一フェーズ目は銃の感触を確かめながら比較的緩やかに操作を行った。少し先を行く隣から「よし!」と力強い声が届く。
第二フェーズに入った。操作には慣れてきた。目線も定まってきた。
気付けばタイムアップの画面だった。
一呼吸置いたところで力が抜けた気がした。隣からカチャカチャと銃をしまう音が聞こえ我に返る。
どこか満足げな遼の表情を鮮明に覚えている。
画面に視線を戻すとリザルトが映し出されていた。
遼は二万六千点。春一は三万二千四百点…
言い訳をしそうになった。けれど、なぜか口には出さなかった。
「全然だな…(笑)」
「全然だったが…、全然楽しかっただろ?」
「使い方がなってねぇよ」
古の通話越しに聞こえた明るさが、ようやく瞳の奥に届いた気がした。
「ごめん。久しぶりで画面酔いした。ちょっと外の空気吸ってくる」
「うん、近くで座って待ってる」
「分かった…」
ゲームコーナーから少し離れた渡り廊下が一番近い。
冷静さを取り戻したかったが、冷静ではいられないみたいだ。
押し扉を開け、日を遮る屋根の下で足を止める。
外はジリジリと熱をまとった波が押し寄せてくる。
遠くに午前中いた会場が見えた。会場を出入りしている生徒で道路が見えなくなっていた。外の空気が涼しく感じるほどだった。
「あれ?俺たちって何しにここに来たんだ…?」
刹那にも忘れてしまうほどの時間だった。
呼吸を整えると酔いも落ち着いた。少し寄り道して帰ることにした。
扉を腕で押し、中に戻る。冷気で寒気がした。急いで戻ろうとした。
遼の元へ向かおうとする最中、彼が自動販売機の前で立ち止まっていた。
小走りで戻っていた春一の足音で遼は振り向いた。
「おっ、春一。アイス食うか…?ん?」
「ジュース買ってきたけど…」
「ありがとう!」
「アイス食べる。ジュース飲んでからにする?」
「いや、一緒で良いだろ。春一何が良い?」
夏にアイスは美味い。
熱き絆には、アイスが心地いい。




