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40勝手目 永倉と斎藤(2)

男は特別ガタイが良いわけでも、筋肉質にも見えない。健康的でスラッとした体型だ。


「宇吉ったら弱々なんだから。早く起きなさいよね!」


 樺恋が容赦なく頬を叩く。男の名は宇吉と言うらしい。叩かれたテレビがきちんと映るように黒目が戻り、ガバっと勢いよく起き上がった。


「ハァア! 樺恋様ァ……おや、こちらは……?」


 そして布団の周りに立つ新撰組を見て、後頭部を掻きながら恥ずかしがりながら、深々と丁寧すぎるお礼を述べる。


 見た目に相応しい丁寧な口調。な、はずなのに。声量は拡声器のようにバグってるし、そのせいで圧がある。この男が話すたびに大風が吹いたように鼓膜が揺れるのだ。

 

 照れてないでその声量どうにかしろ。


「いやぁ……お恥ずかしいところをお見せしました。宇吉もアラサー、体力の衰えを少々甘く見ておりましたゆえ……樺恋様に弱々しいと言われては奉公人失格! 永倉様のご意志に沿う働きをしなくてはッ!」

「本当ね。あんましだらしないと、天国のパパちもママちもオコなんだから!」


 宇吉は目をバキバキに開きながら手も激しく動く。キビキビと素早く動き、腕を組んでツンとむくれる樺恋に正座で床に手を合わせて謝罪する。


 アラサーの男が女児に頭を下げる絵面よ。


「いやいや、あの荷物を1人で持って来たなら体力ありますよ。洋斗さんなんて、ほら。見てください」


 晴太は赤くなった掌を見せ、部屋の端っこで灰になるようにして力尽きた洋斗に視線を向けた。

 マヌケに開けた口からは魂が出ている気がする。


 だらしないのは洋斗だ。晴太は息も切れていない。いや……やはり前言撤回する。


「晴太くん筋肉あるんだね。結構硬いじゃん」

「えっ、えっ、えっ。そんな……急に触れるなんてどうしたの……僕の事好きなの?」

「イヤイヤイヤイヤ。晴太くんさぁ、話の脈絡ってわかる? 洋は重たい荷物を持って息を切らしてない晴太は筋肉あるのかなぁって思っただけだと思うぞ?」

「学さんの言う通りなんだけど……」


 沖田は学の方へ少し寄り、何コイツと言いたげな顔で晴太の腕から手を引いた。

 しかし相手は晴太だ。ここで落ち込んでは近藤晴太の名が廃る。


「もっと触っていいよ! ほら! あっちもこっちも! ねえ! ほら!」


 突然赤ジャージを脱ぎ出し、白Tシャツから伸びる腕を沖田に押し付けて迫った。もうお前は一度警察に捕まれよ。

 沖田は晴太を信頼し、友人としては好きかもしれない。が、異性としては引いているように見える。


 宇吉は樺恋の教育に良く無いと、慌てて掌で目を覆う。あっちでもこっちでもバタバタとうるさい。


 ネリーは樺恋と宇吉が持って来たケーキの箱を開けてコソコソと手と口が動いている。

 祈は洋斗に手加減なく手足や腰に冷たい湿布を貼って、カエルが潰されたような声を出す様を笑っていた。

 伊東は伊東で沖田の後ろで晴太を止めるフリをして、しれっと腰に手を回す。


 どいつもこいつも好き勝手しやがって……我慢ならん。


「おいやめろ! 子供がいるんだぞ!」


 娯楽施設と勘違いする程騒がしかった場は、通夜のように静まる。

 気まづそうな顔をする者、きょとんと意味がわからないとクエスチョンマークを浮かべる者。


 宇吉はゆっくりと樺恋の顔から手を退け、視界を開かせた。樺恋は一連の流れが見られなかったのが不満なのか、鼻の穴を大きくしながら眉間に皺を寄せて下唇を上前歯で噛んでいる。


 ワンピースの太ももあたりを両手でつまみ、まるで兵隊のように足を上げながら俺に近づいて来た。

 どうした? と声を掛ける間も無く、脛に激痛が走る。


「あたしのどこが子供なのよ! この青ノッポ!」

「樺恋様ァア! い、いせませんッ! 青ノッポ殿にお嬢様キックされてはなりません!」


 骨が折れたのでは無いかと錯覚するほどの痛み。痛いと声を上げる事も出来ず、蹴られた箇所を手でキツく抑えて痛みが治るのを待つしか無い。


「あたしは永倉樺恋よ! パパちはすっごいお金持ちなんだから! 死んじゃったけど、パパちとママちのお残し金をぜぇんぶ、あたしが貰ってるんだから! お金があるんだから立派なオトナよ! そうよね、宇吉!」

「え、えぇ……しかし樺恋様。何度も申し上げております通り、樺恋様の中身が大人でも、体のご年齢はまだ9歳なのです。大人は突然人を蹴り上げたりしませぬぞ」


 このクソガキ……何が大人だよ。人の脛を蹴り上げやがって。宇吉は樺恋の奉公人らしいが、もっと泣くまで怒鳴りつけてやればいい。


 宇吉がまともであることは間違いないが、様付で呼んでいる時点で使従関係が出来上がってしまっている。


 宇吉は樺恋に優しく諭しているから目を瞑ろう。つうかさっさと謝れ、クソガキが!


「まぁでも、青ノッポ殿が突然怒鳴るのも、宇吉的には如何と思いますがな!」


 2度目の前言撤回。この2人はやがて殺す。



 出会ったばかりの宇吉と樺恋にこっぴどく説教をしてやった。2人共余程、俺の顔が怖かったのか「これが般若ですぞ」と宇吉が耳打ちしていた。

 

 大広間にある杉で出来た長い座卓を囲むように座り、お誕生日席と呼ばれる場所に樺恋と宇吉を正座で座らせた。

 その近くに俺が座る。こっちは胡座だ。


「で、お前らは何をしに。どうやって。どうしてここに来た」


 2人は視線を合わせた。樺恋は肘で宇吉をつつき、話せと目で訴える。


「ここへは沖田殿へ会うためにやって来ました。樺恋様を助けて頂いたご恩をお伝えするためです。樺恋様はご両親を亡くされても、今日まで沖田殿を探してご尽力されておりましてなぁ……宇吉はそんな樺恋様のお役に立とうと、あの手この手でこの場所を突き止めたと言うわけでございます」


 宇吉は当時の新聞の切り抜きや樺恋の戸籍、信頼出来る材料をテーブルに並べた。戸籍に目を通すだけで事実はわかる。やはり永倉夫婦の子供で間違いない。


 千樺と純恋の子供で樺恋、ね。


「ちなみにあの手のこの手って言うのは?」


 晴太が宇吉に問いかける。すると樺恋は話しやすい空気になったと思ったのか、口を開いた。


「本当はこの場所ってホテルか何かになる予定だったんでしょ? あたしと宇吉、そこの会社の株主なの」

「えっ……?」


 この屯所を作ったのは伊東の父親。齢9歳の樺恋の口からとんでもない言葉が出た。伊東はついていた頬杖から顔を滑らせ、目を丸くして2人を見た。

 それに気付くことなく話は進む。


「株主の若干名に秋保温泉の宿泊施設にご招待されるというお話を頂いておりましたが、それがパァになりましてな。樺恋様は大変楽しみにされておりましたので、ちと社の方とお話をさせて頂きまして……するとですな、社長殿ご子息に恋人が出来たと」

「その人を真ん中にして集まってる"新撰組"のために社長がここをプレゼントしたって言われてさ。あたしの楽しみを取った奴をぶっとばしてやろうと思って問い詰めたら、洋だったの!」

「さすれば樺恋様も入れてもらわなければ! と……何せ永倉ですからな!」


 2人で畳み掛けて喋るな。色々突っ込みたい。ワハハと愉快に笑っているが、思考が追いつかん。


「何言ってるんだい? 新撰組には入れられないよ」

「なんでぇ!?」

 

 晴太は冷た過ぎるくらいストレートに、局長として断りを入れる。

 

「僕らは仲良いから集まってるんじゃないんだ。仕事があって、皆で居なきゃいけないから共同生活するんだよ。樺恋ちゃんのような小さな子が居ていい場所じゃない」

「だからあたしは子供じゃないって言ってるじゃないのよ!」


 テーブルに両手をついてぴょんぴょん飛び跳ねる姿はまさしく子供。

 見た目は仲の良い8人がルームシェアをしているように見えるだろうが、実際は「禁じられた行為を積極的に行っている危険な集団」だ。


 それをこの2人に伝えても、まず理解しないはずだ。


「僕らの仕事中に2人が死んでも責任は取れないよ。僕らの仕事は何があろうと労災も保険も降りない。誰のせいにも出来ない事なんだ」


 樺恋が救われたのもその仕事。しかし誰も晴太の話に口を挟まず、斜め下を向いているのは誠の事だからだ。


 禁忌先で死のうとも、帰って来れなくとも、現代で待っていて体に異変が起きても――他の誰にも助けを求めてはならない。


 宇吉は空気を察したらしく、樺恋の背中をそっと撫でる。樺恋は晴太の言葉に拗ねている。


「ご事情は存じ上げませぬが、無理なら仕方ないでごすな。今回は沖田殿にも会えた事ですし、御礼を申し上げて帰りましょう」

「帰らないわ! あたし、ここに住むのに全部持って来たんだから! 宇吉もその気で来たじゃないのよ!」


 あの大荷物を指差して、新撰組に入ると沸騰したなやかんのように喚く。我儘も我儘、子供のそれだ。


 宇吉がいくら宥めても樺恋は泣き出して止まらない。いくら金持ちで大人ぶっても、精神的にも成長は出来ていない。


 追い出すのも骨が入りそうだと、あのなぁと口を出せば沖田が割って入って来た。

 

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