表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/140

39勝手目 8人で始まる共同生活(2)

新居は家というより別荘、いや宿泊施設。それぞれの自宅から荷物が先行して届いていた。


 ダラダラしていたわけでないのだが、沖田と学のせいでスムーズに目的地に辿り着けない。


 学はコンビニでフィギュアが欲しいからとくじで散財し、沖田は何を忘れたとか、もう一度家を見てから行くだのと、全然先に進まなかった。

 いや……ダラダラしていたのか。


 俺と沖田、晴太、祈、学の5人はようやっと屯所の敷居を跨ぐ。


「これが僕達の家……」


 玄関から何もかもが新品の一級品。 展示会に来ている気分で、金持ちの本気を見せつけられている気がする。畳にしろ家具にしろ、普通に過ごしていたら維持費がかかる。気を遣って生活しなければ。


 天然のい草の香りは柔らかく、畳を踏んだ時の感触が心地よい。日本人には染み込んだ感覚なのか、ホッとするのだ。

 そして屯所に充満する、木の香り。どこか甘いような温かな香りと畳の香りがマッチし、皆顔をとろけさせている。


「1日ズット静か。ノドカでいい所ダヨ」

「家も広いし、のんびり暮らせそうね。そういえばここの住所なんていうの?」

「うんとねぇ……えっとねぇ……」


 洋斗は先日ネリーが持っていたタブレットをいそいそと操作する。

 それを見ていた沖田は鼻で洋斗を笑い、後頭部のあたりで手を組みながら柱に寄りかかった。

 

 コイツ、また喧嘩ふっかける気だ。


「秋保だろ? やっぱちんちくりんだから、自分が居るところもパッと出て来ないんだなぁ。よかった、変なところ似なくて」

「はぁあ!? ボクは知ってたもん! だけどちゃんとした住所調べてただけだもん!」


 兄妹喧嘩も毎日見るようになる。止めるのも突っ込むのも体力がいるのに、この2人はお互いを罵るためなら全力で戦う。


 生き別れの兄妹が居たなんて……と、あれっきり戸惑う様子もない。今までずっと一緒に住んでいたかのような言動や行動をとるのだ。


「顔見りゃ喧嘩ばっかしやがって……はいはい、終わり。洋斗も兄ちゃんなんだから折れろよな」


 学は2人の間に入り、顔を近づけて吠えまくる喧嘩を上手く止める。マジでこういう時は兄ちゃんをしているんだよな……。


 俺たちが住む場所は仙台駅から山形方面へ向かうと行き着く「秋保温泉」付近である。

 仙台の都心部から程近いこともあり、観光客で賑わう。


 伊東の父親が宿泊施設にしようとしていたこの屯所は、秋保温泉の中心部から少し離れ切り開かれた山の中。

 まさに隠れ家のような和風テイストの佇まいは、切り開いた山によく似合う。


 そんな秋保へ数日前から住んでいる経理部の3人は東京から住民票を移し、晴れて宮城県民となった。


「もちろん温泉の街なので温泉も出ますよ。大浴場と露天風呂、それから各部屋の風呂も全てですね」

「温泉引くのってお金かかるけど……やっぱり伊東さんはやる事のスケールが違うね」

「元々は宿泊施設にする予定でしたし。洋は温泉好きですもんね?」


 伊東は晴太には愛想笑いで話したが、沖田の名前を呼ぶ時はふわっと柔らかい笑顔を見せる。わかりやすいやつだ。


「ヌルヌルしてんのは嫌いだな。でもただなら入る!」

「ヌルヌルしていた方が肌にツヤが出ますよ? ね?」

「別に伊東さんには洋の肌の事情とか関係なくない?」


 晴太と伊東が沖田を挟んで火花を散らす。伊東はしれっと沖田の腰を片手で寄せているし、晴太はその手を話そうと伊東の手首を掴む。


 こんなのも毎日見させられる。沖田自身の喧嘩もあるが、沖田を取り合う喧嘩はみっともない。


「めんどくせぇ。土方ァ、荷解き手伝って」

「解くほど荷物ないだろ? というか部屋はどこだ」

 

 俺の問いに、経理部の3人以外は「確かにどこ?」と首を傾げた。

 すると洋斗は喧嘩が勃発しないよう、伊東と晴太の間に割り込み、「部屋に案内しますねぇ!」と高い声で叫ぶ。


 廊下を歩き、案内されたのは扉だらけの廊下。まるでホテルの客室階のようだが、扉にはそれぞれの苗字がすでに書かれていた。


「私の隣はネリーと学か……嫌ね、学の隣」

「おれだって嫌だよ。毎日怒られるんだからよぉ」

「怒られる事しなきゃいいのよ」


 祈は頰に手を当てながら、悪臭が漂ってきたらどうしようと頭を悩ませた。

 しかしその心配は経理部の3人によって解消される。


「なんか、おれの部屋だけ鍵なくね? 鍵穴になんか塗ってあんだけど」


 学の言う通り、鍵穴はパテが塗り込まれていた。素人の雑な作業だというのが一目でわかる。

 他の扉はそんな事されていないし、コイツだけがこんな仕打ちを受けているのだ。


 すると経理部の3人は揃って咳払いし、順に力強く、わからせるように話していく。


「学の部屋には1日3回、誰かが汚部屋になっていないかチェックに入ります」

「アト、知らない女連れてきてないかも、見ル。スケベな店ツカウナ」

「日頃の行いと、過去の行いを鑑みての苦肉の策です。ボクらも意地悪してるわけじゃないですからねッ」


 あの汚部屋と俳優時代スキャンダルが学の信用問題に繋がっている。禁忌やある時は頼り甲斐のある兄貴キャラなのに、それ以外はまるで信用されてない。


 プライバシーがないと大騒ぎするが、まともになればこの鍵穴が機能する日は来るであろう。

 ネリー、祈、学の隣が俺の部屋なので、少しでも異臭がしたら乗り込んで行く覚悟だ。


 部屋には業者に依頼した段ボールや家具が既に搬入されており、あとは整頓していくだけ。

 俺の向かいの部屋は沖田だ。学のせいでかなり身軽な荷物だが、沖田と書かれた部屋にご機嫌で入って行く。

 お隣さんではなかったが、お向かいさんでも悪くないか。

 

 荷物を整理するために各々部屋へ入って行く。さてやるかと、ダンボールへ手をかけた瞬間、ドタドタとノックもなしに沖田が飛び込んできた。

「土方ァ! なんかアタシの部屋の中に扉ついてる!」

「はぁ? クローゼットかなんかだろ」


 何をそんなに慌てているのか。実家にいる時もそうだったが、まずノックをしろ。

 沖田は眉を顰めながら俺の部屋を見渡し、首を激しく横に振る。


「土方の部屋にはないもん! アタシの部屋、なんか変! 来てぇ、見てぇ、何か見てぇ!」

「喚き方、洋斗にそっくりになったな……」


 沖田に手を引かれ部屋に入ると、確かに不自然な扉がある。収納でも無さそうだ。明らかにどこかへ通じる扉である事はわかる。


 ドアノブに手を掛け、下へ押す。ガチャっと扉の開く音がし、扉を手前に引く。扉を開ければ私物が殆ど置いていない部屋に、大きな黒のビーズソファに伊東が足を組んで座りながら携帯を眺めていた。


「は?」


 と、伊東が嫌そうな顔で俺を睨む。


「は?」


 状況が理解できず、俺も疑問系で返す。


「なんで伊東の部屋に繋がってんだ? アタシの部屋と伊東の部屋だけなのか?」

「2か月も一緒に住んでたからいいじゃないですか。なんというか、近くに居てもらわないと心配なんですよ」

「同じ建物の中にいるんだからこんな事しなくていいだろ……沖田が心配なのはわからなくもないが、周りにも人がいるんだし……」


 伊東の心配は過剰で過激で常軌を超えている気がする。スマートウォッチ然り、沖田の行動を全て把握していたいのか、隙あらば沖田の側にいる。


 晴太のデレっとした真っ直ぐなアピールは健全だ。沖田も上手く交わすし、晴太の想いが届かなくても関係は良好である。


 けれど伊東は違う。ちょっと病んでいる。彼の中の何を沖田が変えて、こうなったのかは知らん。が、とっつき易くなったと思ったら沖田に執着するモンスターに成ろうとしているんだ。


 これが両親の言っていた獣か? わざわざ周りにバレないように行き来するための扉を作り、何をするつもりだったんだ。


 さすがの沖田も怯えている――と思ったら、伸びた爪が割れた事を気にして何の感情も湧いていないようだった。お前もなんなんだよ。少しは怯えろ。


「まぁいいや。あんまこっち来んなよな。アタシだってひとりの時間が欲しい時はあるんだかんね」

「ちゃんとノックしますからね。オレのところにはいつでも」

「行かないよ。用事ないもん。あ、でもゲームする時は行くかもな。学さんも呼ぼ」

 沖田は何かわかって良かったわぁと蹴伸びをし、荷解きを始めた。


 取り残された感がすごい。伊東の部屋と繋がっている事に何も思わないだと? やっぱり沖田は誰だろうと構わず、腹を見せてその気にさせるのだ。


「幼馴染が1番強い時代は終わりますよ。この共同生活でね」

「お前……ちょっと病んでるな。金の貢ぎ方とか行動とか犯罪スレスレだぞ」

「え? 好きな女性に貢いで何が変なんですか? 感情も生活も全部把握したいと思うのは普通じゃないんですか?」


 ダメだコイツ。純真無垢な顔をしておかしなことばかり言う。コイツも史実の伊東も参謀の肩書きだけあって、どこまでも計画的で逃さないように所々に糸を張る。


 そういえばいつだったか、好きな女が出来れば見境なく金を出すとか言っていた気がする。

 いくらなんでも出し過ぎだ。親も親だ。息子の色恋沙汰に会社を振り回すなんて、どんだイカれ親子だと自覚しろ。


 伊東はクッションから立ち上がり、壁に備え付けられた戸棚の引き出しから何かを取り出して、それを俺に投げてきた。


「ハンデです。そこの間の鍵を渡しておきます」

「何がハンデだ。学の部屋みたいにパテで埋めてやろうか? お前ちょっと変だぞ」

「自覚はありますよ。でも……止められないんですよねぇ……一緒に住み続けてればこうはならなかったと思うんですけど……ま、これはある種の抑止という事で」


 不敵な笑みを浮かべては、目から光が消える。獣はコイツだ。沖田は何も聞いていないらしく、模造刀についた汚れを見てぶつぶつ文句を言っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ