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39勝手目 8人で始まる共同生活(1)

「なぁに人ん家を汚家おうちにしてんだ! 引越したくても引っ越せねぇじゃねぇか!」


 沖田家の2階、沖田の自室で沖田の怒鳴り声が響く。


「悪ィって。洋も誰居ねぇから、パーっと使っちまって......いやまて? お兄ちゃんはこの家を留守を守ってたんだが?」


 いよいよ沖田家を引き払う日が決まり、引越しの準備が行われる。急に感じるが、明日は引越しだ。


 一階はリビングと和室、2階は3部屋のさほど広くない一軒家。聡さんや葵さんがいた頃は生活感のない、冷めた雰囲気があるままなら引越し作業は楽だった。


 それをぶち壊したのは学。特に自室にあてがっていた沖田の部屋はゴミ部屋と化していて異臭までする。腐った何かの匂いが鼻や喉を焼く。


「もっ……模造刀になんかついてる!」

「ごめ。孫の手替わりに使ってたわ」

「アタシの愛刀!」


 菊一文字則宗、大和守安定、加州清光。 ニートだった沖田がオークションを血眼になりながら競り落としたコレクション。その全てが学の垢付きの孫の手になっている。

 

 剣先を学に向けて殺意を剥き出しに言葉で暴力を振るう。模造刀は沖田のコレクションの中でも特に大切にしているものだ。怒るのも無理はない。


 諦めた沖田はアレがないコレがないと怒りながら、ダンボールに必要な物を集めていく。

 沖田が不在だった期間に破壊されたもの、紛失したもの、汚れたものなど、学の生活能力の無さが浮き彫りになっているのだ。


「コレ……何? チョコレートみたいな匂いするけど……」


 ゴム手袋をした手で摘むように持たれる、茶色の異物。祈は碌なものではないと険しい顔で匂いを嗅いで、学に問いただした。


「おっ、そりゃああれだ! 洋が帰って来なくなったあたりで撒き散らしたエリンギの丘だな」

「あのキノコの形したお菓子がどうやったらこんなんになんのよ! 汚ッ!」


 ゴミ袋にぶち込まれる汚物は数知れず。菓子に限らず何に使用したかわからないティッシュ、飲みかけのペットボトル、カードゲームのゴミ……隙間や引き出しからありとあらゆるものが出てくる。


 壁のクロスにある茶色や黄色のシミが不潔さをより際立たせた。沖田が居ぬ間によくもこんなに汚く出来たもんだ。


「こんなに汚くして! 引越し費用よりもクリーニング代の方がかかるじゃないの!」

「うわぁ……この靴下干からびてるよ……」


 目についたもの全てをゴミとして認識する祈。一つずつ確認しながら捨てていく晴太。一応親族である俺は従兄弟が申し訳ないと頭を下げた。


 祈はちゃんと教育しろと目をかっ開いてブチギレて来た。学の両親はまともな人なのに、何故こうなったのか。


 休む間も無くインターホンが鳴る。沖田が足音を大きく立てながら玄関に向かうが、セールスや不要な要件だったとしたら殴りかかるかもしれない。


 後をついていくと、不用心に開けっぱなしだった玄関にはあの3人が居る。


「こんにちはぁ! 引越し準備終わりましたぁ?」

「すごい埃っぽいですね……」

「洋ン家、汚いネ」


 出来上がった"屯所"へ先に引越しを済ませた特別経理部ほ3人が手伝いにやって来た。


 伊東の父親が「お揃いって青春だよね」と言って寄贈してくれた、イメージカラーのジャージを身に纏う。左の胸元にはそれぞれの苗字が刺繍されている。


 もらっていてなんだが、学校ジャージのようで絶妙にダサい。晴太の赤ジャージはどこかの指定ジャージにしか見えん。


「洋さんって掃除出来ないの……?」

「荒らしたのはアタシじゃねぇよ! 学さん!」

「自分の家なのにぃ? これから共同生活するのに、不安だなぁ……」

「話聞け! やっぱりちんちくりんだな!」


 沖田と洋斗が足元にあったスリッパを片足ずつ取り、いつでも叩けるように構えて威嚇し合う。


 沖田の頭上に軽く手刀を入れ、小競り合いはやめろと止めに入った。洋斗は怒られたと沖田を悪戯に揶揄う。勿論、沖田はまた挑発に乗るのだ。


「人の部屋って自覚ない訳!? あぁん!?」


 2階からドスの効いた鬼の咆哮。合わせて晴太と学の悲鳴が聞こえてくる。

 何が起きているのか検討はつくが、このやり取りに慣れていない洋斗とネリーは一大事だと階段を駆けていく。しかも、土足のまま――。


「おい! お前ら靴脱げよ!」


 沖田の家が汚されていく。伊東は靴を揃え、階段に飾ってある沖田の絵を見ながら、ゆっくりと2階へ上がる。


 事件の現場となった沖田の部屋では、顔面を容赦なく殴られた学が涙目で正座させられていた。

 洋斗とネリーは学の姿と部屋の汚さにドン引きで、鼻を摘んでいる。


「しゅびばせん……」


 謝る学の横で祈は右手を挙げ、目玉は上を見ながら「宣誓」と胸を張った。


「山崎学をしばく会、会長の山南です。沖田家を汚し、散らかし、汚部屋にしたのは紛れもなく山崎学。クリーニング代は全てこの山崎学に請求してください。慈悲は要らない。罰を与えて。私は山崎学を躾け直すことを誓います」


 突然宣誓するなんて何があった。

 晴太は実はねと、沖田のベッドを上へ持ち上げて床が見えるようにする。


 元々放っていた異臭がさらに強くなり、とてもじゃないが鼻や口を覆わないと居られたものじゃない。


 晴太はフローリングに張り付く粘り気を伴う液体を指差した。


「これ、カップラーメンのスープをこぼしてできた地層……に、虫が集って死んでるんだよ……」

「片付けようとは思ってたぞ」


 説明の通りに茶色く大きなシミにはネギやコーン、短い麺――混ざり込むように、嫌われものの黒光りのアイツや小さな虫が絶命している。


「どうして片付けないんです!?」


 初めて聞く、伊東の大声。口を押さえて嗚咽を漏らした。


「あ……アタシの部屋なのに……ベッドの下に置いてた本も……し、死んでる……」

「僕が持ってる同じ奴あげる……あと買ってあげるよ……」


 晴太の哀れみ声は沖田に対するデレではなく、心の底から気の毒に思っている声色だった。


 何もかも破壊された学は皆の恨みと不安を買う。本人は反省している仕草をするのだが、俳優だったがために信じるものは誰もいない。


 共同生活に早くも暗雲が訪れている。



 その日の夜、俺は家族と最後の夕飯についた。沖田もしれっと参加し、明日からの共同生活の話で花が咲く。


「寂しくなるねぇ。洋ちゃんが居ないんじゃ……」

「一応守もいないと寂しいぞ。一応息子だし」

「まあ、一応ね」


 取ってつけたような反応をしやがって。

 が――俺の両親は、突然沖田の親が居なくなった事にも深くは触れず、実の娘のように気にかけていた。

 

 いつ来てもいいように好きな菓子や飲み物を揃え、沖田用の食器や歯ブラシまで置いてある。幼馴染とはいえ、少しやり過ぎな気もする。

 だけどその生活が当たり前だった。両親からすれば、子供2人が家を出ていくようなものなんだろう。


 その証に、沖田の好きな唐揚げと俺の好物であるアサリの酒蒸しが食卓の中央で輝いている。

 沖田は夢中で唐揚げと白米を頬張り、話は全然聞いていない。


「祈ちゃんと晴太くんがいるからあんまり心配してないけど……守、ちゃんと洋ちゃんのこと守ってあげなさいよ。男は獣なんだから」

「そうだぞ。うちの親族には金髪の獣がいる」

「もしかしたら守が1番の獣だったりしてね!」

「孫出来ちゃったりしてね!」


 夫婦揃って何言ってんだ。孫なんか出来るわな

 ――いや、ワンチャン出来るかもしれない?

 添い寝してそのままうっかり、沖田に土方しちゃうんじゃないか?


 いつか理性が崩壊してしまうのでは? それで沖田が「土方、パパになっちゃったね」とか言って下腹部さすりながら笑ってくれる日が来てしまうんじゃないのか!?


 妄想が止まらない。もう晴太の事は言えないぞ。せめてバレないようにしないとバカにされる。このバカ親たちのせいでおかしくなりそうだ。


 沖田の手が頬に触れた。まさか妄想が口から出ていたとか……あれやこれやと考えていると、さらに強い力で頬に手を押し付けて来た。

 

「おい、ご飯おかわり。早く」


 手には茶碗、そして口元にご飯粒をつけてムスっとした顔をする。


「自分でやれ!」


 花畑から帰って来れたのはいいが、現実はこれだ。人を召使いのように使いやがって。

 それでも白飯を持ってやるんだからその気が染み付いている。悲しいような嬉しいような、腹が立つような。


 沖田は礼も言わずに茶碗を受け取ると、ようやっと会話に混ざってきた。


「おじさんとおばさんは、土方が居なくなって本当に寂しくないの?」

「……そりゃあ寂しいけど。いつかは巣立つものだしね」

「そっか」


 自分の意思で親から離れるのと、離されるのでは訳が違う。沖田は後者。沖田が両親だと思っていても、相手からは2度と会わないと告げられているから寂しいどころの感情ではないはずだ。


 両親はそれをなんとなく察している気がする。沖田へ愛情があるからこそ、何も聞かなずに普通に振る舞うのだ。


 会話が止まったかと思うと、沖田は箸を置いて改まった顔で両親を交互に見た。


「時々、土方と一緒に来てもいい?」 


 普段の強気な態度や我儘ではなく、伺うように訊く。ギリギリまで、沖田はあの家に住みたいとゴネていた。あの場所が無くなれば、聡さんと葵さんとの時間が無かった事になる。

 いつのまにか2人のものは無くなって、最後の晩に作った唐揚げを何日にも分けて食べていたくらい、沖田は寂しい思いをしていたんだ。


「何言ってんだ。ここはずっと前からほぼ、洋ちゃん家だよ」


 父親が残りの唐揚げを全て沖田に差し出した。1人じゃ食べきれない量でも食べて欲しい勢いなのだ。


「1人じゃ腹が千切れる!」


 沖田はその皿を中央に置いた。そして1個の唐揚げにレモンの汁をびちゃびちゃとかけて、俺へ食えと命令する。


 唐揚げはレモンをかけない方が好きだ。だけどもう、レモンがかかっていない唐揚げ以外は食べないことにしよう。

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